2008年6月25日水曜日

ワイオミング州 ジャクソンホ-ル

先週4日間ジャクソンホールに行って来ました。燃費がいいという理由でミニ・クーパーに4人と荷物を無理やり押し込み、8時間のロードトリップ。このエリアにはグランド・ティトン国立公園(Grand Teton National Park)とイエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)があり、冬はスキーリゾートとしても人気がある観光地だ。

ちなみに、ここはお金持ちが多いことで有名な街で、人口9000人弱の小さなこの街には億万長者が非常に多いらしい。住宅の平均価格が1億2千万円程度というのには驚きだ。日本人の感覚からすると、お金持ちは大都市に集まりそうな感じがするのだが、アメリカはこういう小さなマウンテンタウンに意外とお金持ちが集まっていたりする。

まだまだ写真はあるのですが、時間がないので続きは後ほど。また2週間ほど旅に出ます。

今年は例年より雪が多い、というグランドティトンズ。なんとも神々しい。
冬の毛皮が抜けかけているバッファロー。

ちょこちょこ動くチップマンク(シマリス)の写真をこんなに上手に撮れたのは奇跡!

道路の横にはヘラジカの親子が。

街中のはずれの道路脇にはキツネの子供達が遊んでいた。

ジャクソンの街中はこんな感じ。後ろの山はスキー場。

2008年6月16日月曜日

婚約記念日

13日は9回目の婚約記念日でした。ケヴィンにとってこの日は結婚するのを決めた日なので、結婚記念日よりも重みを感じているようで、そう考えると、私にとっても日本を去るのを決めた日でもある婚約記念日の意味は重いのでした。

当時東京に住んでいた私達は、ケヴィンの大学時代の親友の結婚式に出席するためにコロラドに10日間ほど来ており、Vail(コロラドの有名なスキーリゾートがある街)近郊の山で婚約しました。海抜ほぼゼロの東京からいきなり2500mに連れて来られて、そこで数時間のハイキング。後で知ったのだけど、もしあの時私が貧弱で一緒に登って来られなかったら、プロポーズするかどうか考え直すつもりだったそうだ。そうか、あれはテストだったのか…。

そしてその5ヵ月後には、3ヶ月の新婚旅行(実際はアジアをバックパックで回った貧乏旅行)に出発し、まず21日間かけてヒマラヤのアナプルナ・サーキットをトレッキング。これまた東京からいきなりだったので、3日目くらいから「なんで新婚旅行でこんな思いをしなきゃならないんだ?」と精神的にかなりきつかったけど5415mまでなんとか行き着いた。その数年後、ロンドン在住中には5895mのキリマンジャロの頂上まで行って来た。その頃には、それが自分へのチャレンジと思えるまでになっていて、頂上に立った時になんとも言えない達成感を味わいました。

いずれにせよ、9年前のあの日を境に私の人生は文字通り大きく変わってしまったのだ。それまではいちおう東京のシティ・ガールだったのだけど…。そして、自分は東京から絶対離れられない、と思っていたのですけど、ね。

2008年6月15日日曜日

ズンバ初レッスン。もう大変。

最近私の周りでも少しずつ経験者が増えてきたズンバ。しばらく気になっていたので、ついに先週からスタートした8回のレッスンに申し込んでみた。

ズンバとは、サルサ、メレンゲ、チャチャなどのラテン系の音楽に合わせて踊るエクササイズで、アメリカでは100万人を超える愛好者がいるとか。どんなものか見たい人はこちらをどうぞ。 YouTube Zumba

金曜日の初日。東京ほどはエクササイズ時の格好には気を使わないボールダーと言えども、どんな格好をしてレッスンに行くべきかちょっと悩んだ。特に靴。ダンスレッスンなんて今まで受けたことがないので、まず靴がない。仕方ないのでワークアウトをする時の靴で登場。とほほ。

会場には15人ほどの老若男女(!)が集まっていた。ダンスとは縁遠い感じのメガネをかけたおじさんも一人いる。何期もこのインストラクターからレッスンを受けている人と初めての人の割合は、約半々だった。常連さん達は「大丈夫。すぐ慣れるわよ。コレ、本当に楽しいわよ。」と笑顔だ。前と右側すべて鏡張りの部屋の端の方に、とりあえず立ってみた。

音楽がスタート。元気なインストラクターの姿をなんとか真似てみようとするが、(わかってはいたけど)あまりにもぎこちない私…。ステップだけでも大変なのに、複雑な手の動きが入るととんでもない事態に陥ってしまう。目の前の鏡に写る自分の姿を見てげんなりする。

音楽がメレンゲに変わり、これはまだいい方かな?と思うのもつかの間、意に反してまた右と左がインストラクターと正反対になる。そして曲はタンゴに変わる。上半身をピンと伸ばし腰を低く屈めて、片手を前へ伸ばし、前へ1、2、3歩進み、Uターン。それを何度も繰り返しているうちに、ふと横に立っている私とそれほどレベルの変わらない女の人に目が行った。決して上手くはないのに、自分と比べると、立ち姿だけで私は全然負けているのだ。

まず腰の高さが違う。私は胴が長すぎ、屈むと足の短さが強調されて、どうも格好がつかない。私は日本人独特の体型で、腰のくびれがなくお尻がフラットなので、立ち姿が妙にぺろんとした感じなのだ。そしてつくづく思ったこと。それは、私は盆踊りに熱を入れていたわけでもないのに、どう見ても盆踊り調の立ち姿と物腰になっている。これは日本人のDNAの中に完全に組み込まれているに違いない、と確信してしまった。

60分のレッスンが終わる頃には、かなりの汗をかいていた。これは噂の通りいい運動だ。あと7回のレッスンで私はどれほど上達するのだろうか…?

2008年6月13日金曜日

一難去ってまた一難

車を修理してやれやれと思ったら、今度はアシャの番。昨日、首の下のところをやけに長い間舐めているので、おかしいと思って見てみると、その部分が腫れ上がっていてびっくり。朝一番で獣医に行って来た。

ただ単にばい菌が入って腫れているのか、もっと他の細菌類が入って腫れているのか検査をしてみないとわからないらしい。1週間の結果待ち。その間、首の周りに例のパラボラアンテナのようなものをつけることになったのだが、アシャにちょうど合うサイズがなかった…。首にはぴったりはまるのだが、これだと輪が大きすぎて、私たちの留守中に水が飲めない。

…ということで、患部を舐めないようにTシャツを着せるようにと指示された。黒い犬だから黒いTシャツを、とクロゼットの中を漁ってみると、何度も捨てようと思って捨て切れなかったTシャツが出てきた。これは、私たちの3ヶ月のアジア貧乏旅行、ではなく新婚旅行中に1週間スキューバダイビングのボートに乗ったときの記念のTシャツ。「ミレニアム(暦が2000年に変わったあの時)の瞬間にダイビングしました」みたいな字がプリントされている。 プーケットを拠点としたボートだ。かわいそうだけど、なんとも笑いを誘う姿。

これから数週間、日に2回患部を消毒して塗り薬&抗生物質を飲む、という生活が続くことになるのでした。ちなみに、これはあくまでも舐めるのを防ぐためなので、散歩をする時は脱がせてOK。でも、さっき夜だったのでリードなしで近所を歩いたらそこらを走り回っていたので、着ていても動作に支障はなさそうな感じでした。

2008年6月10日火曜日

ケヴィンの忙しい一日

これ、何していると思います?ケヴィンは今日コロラド大学の研究室で実験台になりました。

ちょっと話を聞いたところによると、6000ft(約1800m)と16000ft(約4900m)の2種類の標高に設定された部屋で、足がこれ以上動かないという状態まで自転車をこがされたそうな。研究員達には酸素が供給されていたとのこと。確かに、私もヒマラヤやキリマンジャロで経験したけど、4800m位から先はかなり空気が薄くなるので、酸素があってもおかしくない。しかし、そんなところで自転車をこいだとは…。

結果は明日出るとのことなので、詳細は続きで。

今日ケヴィンは昼間これをやって、夕方は1時間半テニスのレッスン、そして夜9時から会社のソフトボールチームの試合、そして今は残った仕事を片付けるというすごいスケジュールをこなした。私はちょっと怪我した足が痛かったけど、今日から週に2回、計8回のクラスに2人揃って申し込んだ。テニスレッスンなんて大学時代以来でなんだか懐かしくて新鮮な感じ。ちなみに、標高が1600mあるとボールもよく飛びます。

2008年6月8日日曜日

コロラド州 ブエナ・ビスタ

金曜日の夜から土曜日にかけて、ケヴィンのお父さん方の親戚が住んでいるブエナ・ビスタという街に行って来ました。

ここはボールダーから車で南西に2時間半、人口約2200人、標高8000フィート(約2400m)、信号が街全体に1つだけというマウンテン・タウンで、ケヴィンのおじいちゃんとおばあちゃんはこの街の”メイン・ストリート”の端っこに住んでいる。こんな小さな街だが、実はここを流れるアーカンソー・リバーはカヤックやラフティングのメッカで、アウトドア系の人々が結構ウロウロしている。

この街の西側に聳え立つ美しい山は、Mt.プリンストンというこれも4300m級の山で(14erは4200mと思っていたらどうやら4300mらしい)、麓には温泉がある。この山はCollegiate Peaksと呼ばれるロッキー山脈の連邦の一部で、その他のPeaksにはハーバード、イェール、コロンビア、とアイビーリーグの名前がついている。全部14erだ。

かわいらしいおじいちゃんとおばあちゃんの家

おじいちゃんの年代物のシェボレー

西部開拓時代には、馬車やカウボーイがここを行き来していたのだろう。

上の3枚の写真もそうだが、これが”メイン・ストリート 兼 ダウウンタウン”。この2ブロック先に街唯一の信号があり、後ろに向かって5分ちょっと歩くとアーカンソー・リバーを超えて山となる。

新しいロードバイク、そして流血の初乗り

コロラドにはマウンテンバイクとロードバイクの両方を楽しむ人が多く、ケヴィンも例にもれずその一人。というか、アメリカ人の友人のサークルの中でロードバイクに乗らないのは私くらいだったので、かねがね私にもロードバイクを購入するようケヴィンからしつこく勧められていたのでした。

しかし、足がペダルに固定されるのがちょっと…。それが怖いなぁと思っていたのであまり気が進まなかったけど、先週ケヴィンが、私と身長が同じくらいの会社の女の子がが買って1年の自転車を売りたがっている、という話を聞きつけてきた。試してみると私にちょうどフィットするので、私が躊躇するのは無視され購入することに…。

ということで、さっそく週末にブエナ・ビスタに持って行って初乗りということになった。おじいちゃんとおばあちゃんちの周りで、ペダルを靴の裏についている金具にはめる練習をし、さっそくロードへ。思ったよりすんなりと靴をペダルにはめられるようになったので、30分ほどルンルン♪とロードバイクの初体験。乗ったままウォーターボトルから水も飲めるし、美しい景色があれば写真を撮る余裕も。(ちょっと電線が気になるが。)

しかし… やっぱり転んだ…。一旦自転車から降りてまた乗りなおす時、油断をしてついついママチャリの感覚で乗ってしまいました。まず右足をペダルに固定し、さて左足という時、スピードがなかったのでバランスを失い右側に傾いたにもかかわらず、ペダルから足をはずせずそのまま横倒し。

道の小石の上に膝と肘を強打し、うぅ痛い、と苦しみながらケヴィンに起こされて膝を見ると、血がだらだらと足の上を流れているではないか。普段怪我なんてしないのでその光景を見てぎょっとして、我に返るまでの20秒間程まるで子供のように「うぇ~痛いぃぃぃ~」と2粒ほど涙を目の脇から流して泣きました。冗談抜きで。オートバイのおじさんにわざわざ止まって「大丈夫ですか?」と声までかけられてしまった。

この転倒後当然気分が暗くなり、ケヴィンに励まされて更に5分くらい前に進んだけど、やっぱり意気消沈し元来た道を戻りました。この自転車をキープするべきかどうか悩みながら。

田舎街の結婚式とその後

もともとブエナ・ビスタに来た理由は、ケヴィンの従弟の結婚披露宴に出席するためでした。怪我をしたばかりの右足を引きずりながら会場へ向かう私。

この若いカップルは、簡単な式をケヴィンの伯母さんの家の庭で挙げて、披露宴は街のおじいちゃんおばあちゃんのビンゴ会場になっている集会場で行われました。前にも書いたけど、アメリカの結婚式は何でもあり。本人達がハッピーなことが重要。ちなみにこの披露宴は、食べ物はみんなで持ち寄りでビュッフェ形式、ケーキ、ドレス、お花は花嫁のお母さんと伯母さんの手作り、ダンス用のDJは新郎のお父さん。カラオケマシーンまで登場。 手前はポピーシードケーキで、後ろがウェディング・ケーキの最上段。(ばらす前に写真を撮りそびれました。)ブーケと同じ自然な花でデコレーションされていて可憐な感じ。 ケーキカット後に、お互いにケーキを食べさせます。いつも思うけど、これって何のシンボルなんでしょう? アメリカの結婚式では現金を渡すという習慣はありません。事前に自分の好きなお店に欲しいものを登録しておき、招待状にその情報を明記し、招待客はプレゼントを持ってやって来るわけです。とても合理的なシステム。

新郎新婦のファーストダンスの後、花嫁と父のダンス。

そしてその後私たちは・・・

急いでボールダーに戻り、スティーブン・マーリーのコンサートへ。2月にジャマイカで見て、たった4ヵ月後にまた見られるなんてラッキー。しかし、足痛かった…。本当に運が悪い日に怪我をしたもんだ。会場はすし詰めだったので、膝と肘にぶつかられないよう細心の注意を払う。お尻が誰かに当たった時、お尻にもあざがあることを確信する。途中から膝が痛くて立っていられなくなり、親切な人に壁際のカウンタースペースを空けてもらって、そこで座って鑑賞しました(涙)。 ブエナ・ビスタから帰る途中に、これまた奇妙な事が起きた。暗闇の中を走っている時に、いきなり車の後ろの窓が割れて粉々になったのだ。 始め私は積んでいる自転車が吹っ飛んだと思ったのだが、確認するとちゃんと2台ともあった。ケヴィンは銃弾かと一瞬思ったらしいが、車内に銃弾は落ちていなかった。謎です。

2008年6月5日木曜日

ハイキング=山登り

またもや話は古くなるのですが、日曜日に久しぶりにちゃんとしたハイキングに行ってその後3日間筋肉痛になりました。このルートは3時間ぐらいだっけなー、なんてたかをくくっていたら5時間かかった。これってハイキングという名の山登りじゃん、と後でつくづく思ったのでした。この日は天気も良くて、朝8時すぎにトレイルヘッドの駐車場は満車状態。ハイキングコースが星の数ほどあるボールダー、きっとどこの山も混んでいたのでしょうねぇ。

目指すはあの山の頂上

これが花粉となり松ぼっくりになるわけですね

やっと・・・頂上に近づいてきた

はるか向こうに見える雪山は14er(4200m級の山)の連峰。登ったこの山すべてがロッキー山脈。この後降りながら考えたことは、これが終わったら何を食べるかということだった。

アシャが崖っぷちに立つたびに私はヒヤヒヤする・・・

数々の美しい高山植物。いつか名前を覚えたい。

2008年6月4日水曜日

同情してもらえます?

かねがねアメリカのスーパーマーケットで売られている趣味の悪い花束をブログに載せて、みんなに同情してもらおうと思っていました。こんなよ↑。こちらは9ドル99セント。

こっちなんて、こんなに趣味が悪くて35ドル!

それに比べて、日本の駅なんかにある花屋の店先に並んでいる500円のブーケのかわいらしいこと。ついついお財布を取り出したくなるのも当然。

自分ではこんな花束には1セントたりともお金を使う気はないけど、もらった場合は花束を完全にばらして、テーマ別、カラー別に花瓶に生けます。何も考えずにたくさんの種類の花が入っているので、4つの花瓶に分かれたりするのですよ。なんで花屋に行かないの?と思うかもしれませんが、ボールダーにはもともと花屋の数が非常に少なく、洒落た花屋がないのです。かわいそうでしょ?

2008年6月2日月曜日

Z Cuisine

2年前の婚約記念日に行ったフレンチ・ビストロがその後ずっと気になっていたが、なかなか行く機会がなかった。土曜日にデンバーで友人と合流することになり、長い間の希望をかなえてもらった。

このビストロは近年開発された「Highlands」というお洒落なレストランやブティック、小さなお店やカフェが集まったエリアにある。オーナーはコロラド在住十何年という、趣味のいいフランス人だ。

こぢんまりした店構えで、6-8人掛けの大テーブル1つと、小さいテーブルが多くとも7つ、そして6人掛けくらいのバーがあるだけ。印刷されたメニューはワインとドリンクのメニューだけで、あとは黒板に書いてある。アペタイザーが10種類弱で、メインが5-6種類のみである。

ここ2年の間に、隣にワイン・バーが併設されていた。早めに着いたので、こっちサイドでサイダーとアペタイザーを。大きな窓がある開放的なデザインで、お茶目のウェイトレスがそこからドリンクやアペタイザーをサーブしてくれ、時間があると「今私、ハルキ・ムラカミの本読んでるの」とお喋り。なんともまったりした夕方だ。

メイン来たという生牡蠣は、パリの市場で立ち食いした味そのもの!カクテルソースをかけることが多いアメリカで、この味は貴重。

一組目のカップルが3ヵ月半の赤ちゃんを連れて到着。奥さんの方はちょうど私がケヴィンと知り合った頃日本に駐在しており、東京でもよく会った。

黒板に書かれたメニュー。

「夏」(サマー)という名の彼女は、ケヴィンの大学時代からの知り合い。名づけた親は当時ヒッピーだったらしい。手前はサラミ、ソーセージ、プロシュート、ローストビーフのサラダ。

コロラド産のマッシュルームとアスパラガスのクレープ、ペコリーノチーズ焼き。おいしかったが、今回はなぜか気がひけてテリーヌやフォアグラをガマンしたので、フレンチを食べた、という気がそこまでしなかったのが本音。 Z Cuisine