2012年2月29日水曜日

4年に一度

閏年は英語ではleap yearと言います。消費大国アメリカでは、ここぞとばかりに ”Happy Leap Day! 本日限り10%オフ" というようなセールのメールが流れこんで来ます。ブロガー歴約半年だった4年前は、うっかりとこの日を記録するのを忘れてしまったので、「今年はのがすものか」とちょっと気合いが入っていました(まあ、大したことじゃないんですけどね)。

ところで、記憶にある方もいらっしゃるかと思いますが、ハロウィーンに孔雀のコスチュームで登場したデニースと旦那さんのライアン。2月19日が第一子の誕生予定日でした。うちも結構間際までじたばたしていましたが、彼らは我が家の比ではないほど動き回っていました。一番驚いたのが、12月にアルゼンチンに10日間旅行に行ったこと。そこでライアンは医者にかかるほど強烈な下痢になり、帰りはオムツをつけて飛行機に乗ったという土産話を持って帰ってきました。デニースじゃなくてよかったねえ、と誰もが思ったものです。

そのデニースは、クリスマス明けにみんなで『ミッション・インポッシブル』を観に行った時、アイマックスでの大音響がお腹の中の赤ちゃんの耳に悪いのではないかと心配し、途中で映画館を出ようかと言いだし、私は「アルゼンチンに行く方がよっぽど危険ではないのだろうか」と心底思いました。人が気にすることって、本当におもしろいですね。

で、話は戻り、2人の赤ちゃんは予定日をすぎても全く生まれる兆候がありませんでした。デニースの両親がシカゴから出て来て既に2週間半もスタンバイをしていた月曜日、彼らの家にちょっと寄ってみた時もまだ兆候なし。「もうこれが最後と思って、”デートナイト”と称していろいろなレストランに行きまくっているから、クレジットカードがもうぎりぎりだよ」と言うライアンに、「29日生まれになったらどうする?」と聞くと、「自分達はそれは大歓迎なんだけど、その日にお義父さんが帰っちゃうんだよねー」と言っており、「私だったら29日生まれの子は欲しいかなー」と密かに考えた答えはNOでした。なぜ?何ででしょうねえ。なんとなく。

昨日の夕方、ついに「今病院!!」という携帯メールが届きました。そしてベイビー・ジャズミンは両親の思惑通り、2月29日零時9分に無事生まれたのでした。



2012年2月23日木曜日

強風がもたらしたもの1 停電の晩

(22日 停電の晩に書いたもの)

最近寝る時間がめっきりと遅くなり、このままではいけないなあ、と思っていました。しかも昨晩は強風でよく眠れず、朝かなりきつかったのです。

今日も一日中強風でした。2時頃に徒歩5分の所に住んでいるしげみちゃんから電話がかかってきました。なんと、家の前の木が倒れて電線が切れ、バチバチと火花が散っており周りが通行止めになっていると言うではないですか。

「まだ昼ご飯食べてないのに、電気が切れて何もできないよ〜」という彼女に、「うち来る?」と言いつつ自分の家の電気をチェックすると、うちも停電でした。そして、夜9時現在もまだ停電中。

今までこんな経験がなかったので、あまり深く考えたことがなかったのですが、電気が止まるということはこういうことです。

*暖房が止まる
*インターネットと電話が通じない
*携帯のチャージができない
*冷蔵庫をむやみに開けられない
*ガスレンジの火がつかない (着火マンを常備するべきと反省)
*電子レンジが使えないので凍ったものを解凍できない(例 ご飯)
*音楽が聞けない
*そしてもちろんのこと、夜真っ暗

ケヴィンは今日からNYへ出張なので、カリーナと2人でサバイバル状態になってしまいました。

電話を切った後、明るいうちに何をすべきか考えました。とりあえずカリーナに昼寝をさせ、暖炉のための薪を家の中に運び込み、懐中電灯と家中のキャンドルをかき集めました。その後カリーナの夕食の準備。

4時半にカリーナが起きた後、5時半には2人で食事。食後は暗くなってしまったので、光るおもちゃをすべて出して暖炉の前でカリーナを遊ばせました。私の頭にくっついているキャンプ用のヘッドライトが相当気に入ったようで、それを見てキャーキャーと喜んでいましたが、私がちょっとでもいなくなると心細いようで、一瞬にしてワーっと泣いていました。

しかし彼女は7時過ぎにすんなり就寝。

暖炉の火は夕方お隣さんに起こしてもらい、その後1時間に1〜2本ずつ自分で薪を入れているので、家の中の温度はパーフェクト。不幸中の幸いは、今日は日中気温が15度くらいまで上昇し、今でも外は暖かいことでした。

カリーナが寝入ってすぐ、アシャを連れて10分ほど近所を歩いてみました。停電は我が家の前の通りを境に始まっているようで、反対側の家々の電気が煌々とついているのがうらめしい気がしました。が、よく考えてみると、ケヴィンもいないし電気がないとする事がないので、降って湧いたボーナスタイム、とでもいうのでしょうか。今夜こそは滅多にない早寝のチャンスというわけです。

シンプルな生活ってこんななんだよなあ、と真っ暗な道を歩きながら、ネパールでトレッキングをした時のことを思い出しました。暗くなったら寝て、明るくなったら起きる。

近所の人の話によると復旧は今夜の11時を予定しているそうですが、どうなることやら。いずれにせよ、電気の有り難みを改めて感じた経験でした。


強風がもたらしたもの2 その後

(前のポストをセーブした後、こんなことになりました)

何もすることがないので早目に寝ようと思っていたにもかかわらず、いざ暖炉の火が消えてどんどん家の中の温度が下がったら、と不安になりました。私1人なら何とでもなるのですが、カリーナが寒くなったらかわいそうだと、母親心が働いたのです。

結局ソファの上でEメールの返事を書いてセーブする、ということをだらだらとし、気づいたら11時でした。「やっぱり11時なんて無理だよ」と思いながら、せっかくのチャンスなのでさすがに寝ようと思い、家の温度を確かめると普段設定している温度より2度低くなっていました。

「もうこのまま薪を足しながらソファで寝るか」と腹をくくりました。「あーあ、1人だったら今頃友達のところにいるか、ダウンタウンを飲み歩いてるかもなー」と思いつつ新しい薪を暖炉に2本入れ、ほぼ空になった大きなバスケットを持って外に行き、薪を補充しました。夜半から翌日にかけて少し雪が降るという予報だったので、風で飛んだ薪のカバーもしっかりと掛け直しました。その後一瞬火を殺しそうになったので、丸めた新聞紙を投げ込んだり、暖炉の扉を開けて空気を入れてみたりしたら(後で知ったのですが、これは意味なし)、なんとかまた強い炎が戻り、ほっとしてソファにごろりと横になりました。

その時にふっーとセントラルヒーティングが回り始めたのでした。時刻は11時20分。お手柄です。

手元にあったコンピューターを開き、すぐにローカルニュースをチェックしてみました。すると、電線がだらりとたれた電柱が4本斜めになっている写真や、横倒しになった大型トラックや木の下敷きになってぺったんこになっている乗用車の写真、火事のニュースが出てきました。ボールダー市内で記録された最高風速は約137キロ、停電していたのは数千世帯となっていました。

朝7時、NYにいるケヴィンから「まだそのエリアは50世帯停電みたいだけど、うちはどう?」と心配そうに電話がかかってきました。後でわかったのですが、しげみちゃんの家はそのうちの1世帯で、結局今日の夕方5時頃まで電気が戻らず大変でした。

ケヴィンのママからも「どう、風強かったんでしょう?木、大丈夫だった?」と電話がかかってきたので、一部始終を話すと「カリーナと2人でよくがんばったねえ」と労いの言葉をもらいました。デンバー/ボールダーエリアの強風はナショナルニュースになっていたようで、メイン州に住む友達から「お宅の息子さん夫婦大丈夫?」という電話があったそうです。実際はいつも息子さんがいない時に限ってこういうことになるのですけどね。。。大雪とか。

ところで、コロラド・スプリングスでもずっと前に1度だけ大掛かりな停電があったそうです。「4月だったのに寒くてねー」とママ。「あんなことがあると、普通シンプルだと思っていることが、そうでなくなるでしょう?」。同感。「うちなんてその時電動缶切りを使っていたから、停電になったら缶詰が開けられなかったのよー」

火を絶やさないように頑張っていた時から丸一日経過した現在。電気が通っているって素晴らしい、と思う私がいます。ネパールで3週間トレッキングした後、水道から水が出ることを当たり前のことだと思わなくなった自分を思い出しました。今まで「暖炉はケヴィンの担当」と思っていたのですが、おかげでこれからは自分で暖炉を使えるようにもなりました。そして、今まで面識がなかった近所の人達とも知り合いになりました。


2012年2月19日日曜日

大切な娘



カリーナをめぐる生活 ー 11ヶ月


先週末に11ヶ月になったカリーナ。
今までの中で生後10ヶ月前後の変化が一番目を見張るものがあったので、できるようになったことをリストアップしてみました。

*立ち上がるようになった
*少しずつ歩き始めた – 今のところ最高10歩
*階段をスムーズに降りる
*手を振ると振り返す
*右手しかできなかったグーパーを、両手でするようになった
*人がしていることを見てマネをするようになった 例)手を叩く、手を挙げる
*アシャに向かって『アシ、アシ』と言う(他の犬を見てもアシ)
*ボタンを押すと動物の声がする本で、『アシャはどれ?』と聞くと10種類の中から犬の絵のついたボタンを押す
*とても小さな糸くずなどを拾って人に渡す
*ものを指差すとそちらを向き、それを取りに行く
*いないいないばあ、peak-a-boo と言うと、顔を隠す ←いつの間にかバイリンガル
*自分のオナラに反応し、笑う
*本を読み聞かせる時、「ハイ」と言うとページをめくる
*ボールをこちらに向かって投げる
*ストローでミルクを飲むようになった

あと3週間ほどで1歳です。





2012年2月5日日曜日

大雪 その後


土曜日の朝起きると、更に雪は積もっていました。
今朝の新聞によると、2月の積雪(24時間以内)としてこれは1909年2月22日の記録を7.5センチも上回っているそうです。ここは3月はこういう大雪が結構あるのですが、2月としては珍しいということですね。



前日の夕方東京から帰ったばかりのケヴィンは、木曜日の晩に朝3時までホステスバーで飲んでいたせいで疲れか時差ボケのせいで機能しておらず、雪かきはまた私の仕事です。


車もまたやり直し。あーあ。


ちなみにその前にある車もうちの車なのですが(もっぱらログキャビンに行く用)、これはしばらくここから出られそうにありません。

2012年2月4日土曜日

今回の戦利品


今回ケヴィンが買って来たものはこちら。また食べ物ばかりです。


優しい友人達や仕事関係の方から、またたくさんお土産をいただきました。
こんな季節感のあるお土産も。


今回のお土産の目玉は、赤ちゃん用レトルト食品!日本って本当にすごいです。こちらに住む友達から、数週間前にたまたまレトルトのことを聞いたので、妹夫婦にわざわざ西松屋まで買いに行ってもらいました。袋をあけるとお願いした倍の量が入っておりびっくり。旅行やスキーコンドに行くとき、そしてちょっと楽をしたい晩に重宝しそうです。


ゆっことよっちいからプレゼントをもらったカリーナ。ボタンのコンビネーションで56種類の音が鳴るという、すごいおもちゃです。

みなさん、ありがとう!




ケヴィン、頑張る

ケヴィンが昨日の夕方、大雪にもかかわらず予定通り日本から帰ってきました。そして、「古賀ちゃんがくれたんだけど、『水平にして持って帰って』って言われて...」と言いながら差し出したものは、これ。何だろう?と思いながら中身を開けて納得。本人は自分が何を持っているのかわからずに、大切に大切に持って来た模様。


赤福を食べるのは、何年振りだろう。うれしい〜。
実は12月の出張の時ケヴィンが西へ行くというので、西から買って帰って来てもらうべきものは何だろう?と考えたとき、咄嗟に浮かんだものは八つ橋と赤福。赤福は手に入らなかったのを古賀ちゃんはちゃんと覚えていてくれて、特別販売をしている東京のデパートでわざわざ並んで買ってくれたそうです。有り難い話です。


中身を開けてみると、1mmたりとも寄っていない!ケヴィン、お手柄です。

昨日お土産を渡された時に気を抜いてちょっと斜めにしたら、それを見た古賀ちゃんと私の妹の2人が口を揃えて「ああっ!」と叫んだのに相当驚いたらしく、その袋をちゃんと手で持ってリムジンに乗り込み、成田でもそれを大切に持ったままチェックインしたら、UAの人にも「赤福ですねー。おいしいですよねー」と言われたそうです。そこで更に気合いを入れて、空港で買い物をした袋の一番上にTシャツを置いてクッションにし、そこにちょこんと赤福の包みを置いて水平にして家まで持って来たんですって!

ちなみに古賀ちゃんは、ケヴィンがその袋を手にしてリムジンに乗り込んだ後、単品で持っているのでもしやどこかに置き忘れられるのではないかと思い、やっぱりカバンの中に入れてもらった方がいいかなあ...と心配していたみたい。

昨晩カリーナが寝て、自分の食事をし、台所の片付けが終わった8時半。日本茶を入れていただきました。ケヴィンは疲れて2階に居たので手持ち蓋さだったので、ふと興味を持ち「赤福の由来」といういうのを検索してみたら、おもしろいウェブサイトがでてきました。

赤福の名前の由来はもちろん、中に入っている紙の簡単な取り方の図解(ちょうど苦労したところだった)、包装紙の裏に書いてある俳句の意味(俳句が書いてあることに気づいてなかった)などがQ&A方式で書かれています。ところで、箱の中に入っている「伊勢だより」はその日にちなんだ文章と絵が書かれており、500種類ほどあるそうです。昨日はちょうど節分でした。

赤福騒動でした。



2012年2月3日金曜日

ついていない私

クリスマス直前以来の大雪です。


大雪の日は私は大忙しです。ケヴィンが留守となればなおさら。そして、大雪は必ずケヴィンの留守中なのでした。

カリーナが午前中の昼寝を始めると、まず大急ぎでアシャを近所に連れ出し、ウン◯をさせます。

そして帰って来ると速攻でシャベルを持ってまた外へ。我が家は角地なので、前と横の雪かきです。楽ではありませんが、これはそんなに時間はかかりません。南と西に面しているので、ある程度やっておけば日が出れば融けるのでラッキー、と自分にいい聞かせつつ。

前の歩道

横の歩道

問題は車。これは本当についていないなーと思うこと。
アメリカの郊外の家は、基本的に家の中からガレージに入れるようになっています。しかし、私はアメリカに越して来てから今まで、その恩恵に授かったことはなし。

ボールダーに越して来て2ヶ月借りた家にはガレージはなし。タウンハウスには家にくっついていないガレージが一台分だけありました。それはもちろんケヴィンのミニ・クーパー用。そして今度の家は古い家にも関わらず家にくっついたガレージがありますが、一台分でまたミニに陣取られています。


しかも今回の問題は、除雪車によって交差点からひきずってこられた雪が、私の車の横に壁を作るのです。これが重いこと。カリーナを急に病院に連れて行ったりしなければいけない事態を考慮し、常に車の周りの雪かきはしておきます。

このせいで、私の予定は普通の人以上に天気にに左右されます。雪の日は、出かける時間前30分は雪かきの時間を計算しておかないといけません。今朝8時半に入っていた予定は、大雪と聞いた時にキャンセルしておきました。雪の中カリーナをおんぶして、車の横の雪をどかすのは不可能でした。

カリーナが寝てから約1時間半。雪かきを終えて一服、と思いつつベビーモニターを見ると、カリーナがちょうどすくっとベビーベッドの中で起き上がったところでした。ううっ、休みたかった。


加えて、カリーナの午後の昼寝時には、ケヴィンのミニが入れるようにガレージ前から道にかけての雪かき。←いつも大雪の日に帰って来るヤツ(怒)


しかしうちの両親の住むスウェーデンヒルズは、今年は普段の2倍の積雪だそうで、今日の私の雪かきは文字通り『朝飯前』だと思います。3年前に冬に滞在した時、毎日朝食前に必死に雪かきをしていました。今年は一日中雪かきに追われる日もあるようなので、私の時々の雪かきなんて文句を言っていられません。

両親の家はこんなです。家がすっぽり雪に包まれています。


2012年2月1日水曜日

ペットの魚を食べた話

ケヴィンが出張に出かけた先週末、ケヴィンの両親が遊びに来ました。日曜日がケヴィンのママの誕生日だったのです。その当日の朝6時前、ケヴィンはいつものごとくパニックパッキングをして出かけて行きました。

ママは今日の昼までここに残り、カリーナとアシャの面倒を見てくれつつ、私のために大量の食べ物を作って置いていってくれました。そのお陰で、もしスノーストームが来て家の中に缶詰になっても、しばらくの間私はおいしいご飯にありつける状態です。いつも本当に有り難いです。

ケヴィンのママはアメリカ領だった時代の小笠原諸島父島生まれ、という変わったバックグラウンドを持つ人です。見た目は白人なのですが、4分の1しっかりと日本人の血が流れており、心はむしろ4分の3日本人じゃないか、と思えるような人です。日本語も(父島弁で)ペラペラです。そのチャーミングな人柄から、この人を好きにならない人はいないんじゃないか、と私は常に思っています。

彼女と話すといろいろおかしい話が出て来るのですが、この話は書かずにはいられないので、ここに登場させることにしました。

『ペットの魚を食べた話』です。間違ってではなく、故意に、です。

何年も前、仲が良い友人一家がカンザスに引っ越した時、ママは引越の手伝いに行ったそうです。この一家は珍しく海水魚を飼っており、それを見るたびに父島を思い出し「懐かしいねえ(=おいしそうだねえ)」とママは以前から思っており、魚たちを賞賛していたそうです。島でよく食べた『島鯛』という魚にそっくりだったそうです。

引越の手伝いをしているとき、そこの奥さんのヘルマに「この魚たち、持って帰る?」と聞かれ、ありがたく数匹の魚をもらって帰ったママは、家に帰るとすぐにご飯を炊いたと言うではないですか。

私「ちょっと待って。ヘルマはママが魚を食べちゃうって知っててあげたわけ?」
ママ「ううん。私もペット用ってわかっていたのだけどねえ」←ここでニヤリ
私「水槽ごとくれなかったの?」
ママ「ううん、水槽は持って行っちゃって、魚だけビニール袋に入れてくれたのよ」
私「で、それをどうやって食べたわけ??」
ママ「すぐにご飯を炊いて、魚は島でやっていたように”パーン”と包丁で叩いて(手で実演してみる)、フライにして食べたの。すごくおいしかったぁ」
私「(絶句)」

引越後のヘルマとの電話での会話

ヘルマ「魚達はどう?(How are the fish?)」
ママ「うん、すごくおいしかった~。(They were delicious! )」
ヘルマ「...今『おいしかった』って言った?(Did you say "delicious"?)」
ママ「ええ...(Yeah...)」
ヘルマ「魚、食べちゃったの〜?!(DID YOU EAT THE FISH?!)」
背後でヘルマの娘が叫ぶ「魚たべられちゃった〜 涙 (SHE ATE THE FI-SH!!!)」

そりゃあ驚くでしょう。

その後、カンザスのこの一家の家に遊びに行くたびに、「アイリーンが来たから、魚隠せよ〜」と言われるそうで、ある時この笑い話を他の人にしたら、横で聞いていた小さな男の子に泣かれてしまったらしい。そして「この子は繊細なのよ」とその母親。

別の人に「海水魚はとっても高いのよ」指摘され、始めてその魚の価値を知り驚いたママ。ペットとして泳いでいる姿を見ておきながら食べてしまったとは、そんなにその魚を食べたかったのかぁ、とむしろ感心した私でした。それにしても、こんな話聞いたことない!