2010年2月8日月曜日

日本と日本のイルカの行く末 3 <ザ・コーブ>

『The Cove』ではイルカ類の肉の毒性についても強調しています。日本における魚介類水銀含有の暫定基準値は銀水銀で0.4ppmのところ、イルカ肉はその5倍から場合によっては5000倍を含むというのです。映画の中でイルカに蓄積される水銀の危険性を裏付けする報告が、日本人によってされています。太地町ではこれを機に、学校給食が見直されたり住民の水銀値を調査する動きが起こっているというので、信憑性が高まります。

日本では捕鯨は文化の一部と考えられており、イルカ漁もそれと同じだという考え方が存在するようです。その考えに基づき、「ではイヌイットがアザラシを食べたり、スペインの闘牛や、アフリカのゴリラ狩り、イギリスのキツネ狩りはどうなんだ」という意見に対して私の意見を述べたいと思います。

捕鯨問題に関しての私のスタンスですが、私はシーシェパードの行為は行き過ぎだと思っています。そして日本における捕鯨の歴史に関しては敬意を持っています。日本人は油のためだけに捕鯨をした欧米人とは違い、獲った鯨をたんぱく源にし、油はもとより皮やヒゲは工芸品になり、全く無駄なく使ったいうのを読んだことがあります。しかし、現在それを続ける必要があるかどうかは、モラルの問題ではないかと思います。

イルカに関しては、やや状況が違う気がしてならないのです。水族館用のイルカの供給は世界中からの需要があるので仕方がない気がします。でも、残ったイルカを皆殺しにする必要があるのでしょうか?(*水族館に生きたまま売られるのは、全体の1%だそうです)しかも、殺されたイルカすべてが食用になるわけではないようなのです。これは命の無駄ではないでしょうか?

先進国の日本には他にもたんぱく源のチョイスがありますし、ましてや人間に危険な肉を食べる理由が見当たりません。イルカが近海にそんなにたくさんいるのなら、それを別の方法で収入源にできないのでしょうか(世界からの観光客を相手にエコ・ツーリズムとか)?捕獲数が減ることにより収入源が減る太地町が気にはなりますが、でも残念ながらこれはエコノミックスであり、いい例が近年の自動車産業です。需要が減れば供給もなくならざるを得ないのが、世の中ではないのでしょうか?

その他の動物保護の動きに関しては、まず闘牛ですが、こちらも動物保護団体の努力とモラルの観点から、最近は闘牛を見に行く若者が減少しているようです。イギリスのキツネ狩りは2005年から禁止になっています。アフリカではゴリラ狩りをする場所がまだあるようですが、700頭しか残っていないマウンテンゴリラを食用にしていたコンゴの反乱軍は、2007年に狩りを停止することに同意しています。

世界は動いています。文化・伝統も時代の流れと供に変わることは、各国の歴史が物語っています。私は日本に帰るたびに、特に東京の姿が着々と変化することに驚き残念に思うことがよくあるのですが、日本には、イルカ漁の伝統よりも守るべきものが他にあるのではないのでしょうか?

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