2012年1月5日木曜日
新年明けましておめでとうございます
2011年12月31日土曜日
2011年
昨日アシャとカリーナを連れて公園に行った帰り、今年は何を書こうかとあれこれ考えながら道を歩きました。1月から何が起こったかを順番に挙げてみると、今年は実は明るい話題よりも悲しい話題の方が多いことに気づきました。カリーナの誕生の喜びが、多数の悲しみを拭い去ってくれた1年でした。
1月にケヴィンの高校時代からの親友のお父さんと私の大切な友人の旦那様が亡くなり、カリーナが生まれた日は日本が地震と津波に襲われました。その1週間後、ケヴィンの父島のおじいちゃんが亡くなりました。96歳でした。最後の5ヶ月間は茨城の施設に入っていましたが、地震後に避難したりと落ち着かなかったようなので、ストレスもあったのかもしれません。私達夫婦にいつ子供ができるかと以前から心配してくれていたので、せめてカリーナ誕生の報告ができてよかったと思います。
5月には私達の大切な友人ジョエルが、バックカントリースキー中に雪崩で亡くなりました。38歳でした。後に友人達と「友達の中で優越をつけるのは失礼な話だけど、もし自分達の輪の中で一番死んで欲しくなかったのって、ジョエルだと思わない?」と誰かが言い、全員一致で同意しました。そんな人でした。
7月に一生の棲を手に入れ引越しをしました。あの時は4ヶ月のカリーナを抱えて荷造り&荷解きで気が狂いそうになりましたが、今考えるとまだ彼女が動き回れない時期に引越したのは正解でした。住み慣れたタウンハウスを去るのは寂しかったですが、新しい家とエリアをとても気に入っています。
今年は、子育てが自分の時間を奪うだけでなく、自分の時間のコントロールが全くなくなることを身を持って体験した年でもありました。この歳まで気ままに生活してきたツケが回って来たという感じで、今だにそれには慣れずに困ります。しかし、親になることによって無償の愛がどんなものであるかも学びました。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
2011年12月30日金曜日
初めてのクリスマスは...
2011年12月24日土曜日
突然のサンタ訪問
2011年12月22日木曜日
今年はホワイトクリスマス
昨日の夕方から静かに降り始めた雪は、一晩で30cm以上積もりました。今日は我が家の前の道路でも、スリップして進めなくなった車が後を断ちませんでした。
朝食後は雪かきです。我が家や角地なので1時間以上かかりました。ケヴィンが今日日本から帰って来るので、ガレージに車が入れるように雪をどけておかなければならなかったのはもちろんですが、家の前の歩道の雪かきは住人の責任なのです。万が一歩行者が雪で滑って怪我をしたら、訴えられることがあるようです。
雪が降る日はベーキングです。2年ぶりにクリスマスクッキーを焼きました。火曜日からこちらに来てくれているケヴィンのママがカリーナを見てくれている間に、3種類のクッキーを焼きました。抹茶、フォーションのアップルティーを入れた紅茶クッキー、そしてジンジャーブレッドクッキー。モラセスを入れたらとてもおいしく焼けました。
雪かき後に張り切って始めた久々のクッキー作りは1日仕事になりました。途中数時間たねを冷蔵庫で寝かせましたが、終わったのは夕方5時。夜7時、ケヴィンはお土産(食べ物ばっかり=写真)を抱えて無事に帰ってきました。
2011年12月19日月曜日
計画台無し 1
も〜ホント信じられない。こんなことが起こったなんて。どう考えてもケヴィンは変わった星の下に生まれたとしか思えないのです。
実は現在ケヴィンは東京に出張中です。日本サイドにどんどん予定を詰められ、日曜日の夕刻成田着、月、火はミーティングといろいろな会社を訪問、水曜日は大阪、そして木曜日の便で帰って来るというスケジュールです。「会いたい人はたくさんいるけど忙しくて会えないので、今回は誰にも言わないでね」と、過密スケジュールにげんなりしつつ出かけて行きました。東京の妹夫婦には是非会ってもらいたかったので、彼らだけにケヴィンの出張の件を連絡しておきました。
日曜日の夜予定通り妹夫婦に会ったケヴィン。そこで妹と、「木曜日の昼間、もし仕事が入らなければまた会おう」ということになったようで、妹が「それなら誰か昼間に会えそうな人も誘ってみる?」と提案し、真っ先に候補に上がったのが古賀ちゃん。「せっかくだからケヴィンが来ていることはナイショにしておいて、いきなり登場して古賀ちゃんを驚かそう」ということになったようで、どうやってピンポイントで木曜日に彼女を誘い出すか、というのが課題となりました。
そこでその企画に私が参加。古賀ちゃんは、過去に何度も私達のアメリカ人の友人を東京案内してくれた人で、年1度はボールダーに遊びに来てくれる親友。「ケヴィンの大学時代の友達ライアンが今東京出張中で、木曜日にコロラドに戻る前に時間が空くかもしれないので、そうしたらぜひ古賀ちゃんに彼を紹介したい」というメールをさっそく送ってみました。
すると、木曜日は1時半まで空いているという返事。ちなみに、その晩は私とケヴィンのキューピッド役になった別の親友ゆっこに会う予定になっているとのことで、「その晩にゆっこにおもしろい話題を提供できるじゃん」とニンマリ。ゆっこと旦那さんのよっちいは、去年の2月にボールダーに遊びに来てくれて、妹夫婦とも何度も会っている仲です。夜が空いているなら彼らも真っ先に連絡したい人達ですが、今回は昼間なので諦めました。
一昨日はここまでメールでやり取りし、ケヴィンにも「古賀ちゃんを誘い出すのに成功したよ」とメールをし、彼女が驚く姿を想像しつつ眠りにつきました。
昨日の朝4時すぎにカリーナの授乳で起きて、「ケヴィンから何か返事が来たかな」とメールをチェックすると、妹から2通のメールが。まず1通目を読んで思わぬ展開に唖然。
計画台無し2計画台無し 2
え〜〜〜っ、一体どういうこと??
そして次のメールを開くと、
妹『古賀さんからどんな人か知ってるかとメイルが来たから、面識ないけどケビンの大学時代の友達みたいよ〜と知らばっくれていたんだけど、下記のメイルがきたから降参しました(*_*)。 ケビンだってバレバレ…(苦笑)』
添付されていた古賀ちゃんからのメール『みいちゃん、それがね・・・。どうもケビンみたいなの!!さっき、よっちいの会社にケビンが現れたらしいの。ケビンも一緒だって聞いてる??ちかちゃんは私に「ブライアン」という人だとは言ってた。(注:ライアンのはずでした 笑)アウトドア指向だけどアートや建築が好きな人だって。これってケビン??ゆっこの話では"ケビン"も木曜日に帰るって言ってたらしいの。ちかちゃん、サプライズを計画してるんじゃないかな?って思って。騙されたふりして、逆サプライズをしない?』
う〜む、みんな誰かを騙そう驚かそうとしている...。それにしても、ケヴィンの周りで起こる事ってまったく...。
ちなみに、私が古賀ちゃん宛に送った騙しメールは、
『その友達ライアンは六本木のグランドハイアットに宿泊中なので、ホテルのロビーで待ち合わせということになると思う。彼にも時間等を確認してまたメールするね。彼はアウトドア指向だけどアートや建築も好きなので、私としては国立新美術館とミッドタウンを見せたいな、と。時間がなかったらランチだけかな。妹にも古賀ちゃんOKの旨、連絡しておきます☆ ありがとう!』
これを送った時は、こんなにあっけなくこの計画が失敗するなんて、夢にも思っていませんでした。このメールを送った後、妹からの第一報が入るまでの所要時間はたった3時間!
計画台無し 3
月曜日に最後に訪れた会社でミーティング先へ向かうエレベーターから降りる時に、背後から「ケヴィン」と呼び止められ、振り向くとそこによっちいが立っていた...。何も知らずに行った会社がたまたまよっちいが勤める会社だとその時始めて知ったケヴィン。「よっちいはどんな様子だったの?」と聞くと、「クールだった」(けど、いきなりケヴィンが同じエレベーターに乗って来た時、相当驚いたのではないかと。)
「事前に私にどの会社に行くかを言ってくれていれば、すぐによっちいの会社ってわかったから、事前に連絡できたのにねー」と私。「その場でよっちいに、ゆっこから古賀ちゃんに伝わらないように根回しできたらよかったね」と妹。「それにしても、偶然を呼ぶ男だねケヴィンは!」とゆっこ。「ははは〜。ケヴィンは浮気できないね〜」と古賀ちゃん(?!)。
ちなみによっちいに遭遇したその瞬間、ケヴィンはこっそり日本に行ったことが予想もしない形でバレて、罪悪感に打ちひしがれていたらしい。よっちい、ケヴィンが「やっぱり連絡しないで日本に行って、本当に申し訳なかったー」と後悔していました。

2011年12月17日土曜日
クリスマスカード、送れます
2011年12月13日火曜日
クリスマスカード、遅れます
クリスマスカードがひっきりなしに届き、(今年も)行動が遅かったことを後悔する日々。まあ、カードを省略した去年よりいっか。
せっかく子供も生まれたことだし、今年はみなさんのようにフォトカードを作ることにしました。頭の片隅でずっとイメージを描いていたのは、家族で微笑ましく巨大クリスマスツリーの前で写真撮影。出足が遅れたのはそのせいと言えばそのせい。
写真は、ボールダーの老舗ホテルBoulderadoのロビーに毎年登場する巨大ツリーです。どうやら毎年12月1日に設置される模様なので、2日にケヴィンの親友ライアンに家族写真を撮ってもらうことになりました。ちなみに、彼のネイチャープォトの腕前はプロ並みです。 ライアンの写真ブログ
写真はその数日後に手に入ったのですが、私がダラダラしているうちにカード作成が11日になってしまいました。しかしウェブ上でのクーポンが期限ぎりぎりで使えて40%オフになり、「安いね〜」と感心していました。
ところが。。。昨日「40%オフクーポンのせいで注文が殺到して印刷が追いつかず、配達が2週間後になります」というメールが。ええっ?!それってクリスマス後じゃない。「せめて封筒だけでも送ってもらえないかね?」と日本ではちょっと恥ずかしくて言えないようなことを、その会社にお願いしてみることにしてみました。
今朝、ケヴィンが保留音になっている電話を持ってバスルームにやってきました。シャワーの中に姿を消しつつ「これ、あのクリスマスカードの会社だから、保留音が止まったら出てね」「ええ、ちょっと待って、オーダーナンバーとかないの?」「持ってたけど、ずっと保留になったから持ってこなかった(なんじゃそりゃ?)」、というやり取りをしている間に「お待たせしました」というインド訛りの英語がスピーカーから聞こえてきました。私苦手です、インド訛りの英語。最近コールセンターをインドにアウトソーシングしている会社が多いのです。
私 「先日クリスマスカードをオーダーしたのですが、(省略)、せめて封筒だけでも送ってもらえませんか?」
電話 「OX@#%#?」
シャワー中のケヴィン (Eメールアドレスをくれって言ってるっ)
私 「xxxxx@gmail.comです」
電話 「&$#XO@#?」
ケヴィン (12月11日のオーダーですかって言ってるっ)
私 「そうです」
電話 「確認しますので、このまましばらくお待ちいただけますか?」←これは理解できた
電話はシャワーが終わったケヴィンに引き渡されました。数分間の保留後、「残念ですが封筒だけ送ることは無理なのですが、お詫びに全額無料にします」ということに。40%オフのクーポンを発行したために注文が殺到し、その末全額タダ?それって一体どういうビジネス?つまり、実際のコストって無いに近いってこと?
アメリカって日本では起こらないようなことが、結構起こるのです。消費者天国アメリカ万歳!でも、クリスマスカードは早くて年末、日本へは来年になります。みなさま、しばしお待ちを。
2011年12月11日日曜日
カリーナをめぐる生活 – 生後9ヶ月
今やハイハイのスピードは大会があったら出場させたいくらいの早さで、2週間前から階段を登り始めました。父親にそっくりで1秒たりともじっとして居られません。
いろいろな人に「この子はきっともうすぐ歩き始めるわよー」と言われますが、実は私は10ヶ月から歩き始めたようなので、これは私似なのかもしれません。でも体にはハイハイを長い間した方が良いみたいです。私はハイハイを長くしなかったため背骨がまっすぐで、これが椎間板ヘルニアの原因かもしれないと指摘されたことがあります。朝7時起床、午前中に2時間、午後に1時間半の昼寝、6時半就寝、と日々のスケジュールも定まってきました。夜の授乳の回数も少ない時は1度きりです。離乳食が大好きで、朝昼晩驚くような量を食べます。最近母乳にあまり興味がなくなってきたようなのが気になるところですが、それは来週の9ヶ月検診で相談することにして、とにかく毎日元気にしています。
2011年12月5日月曜日
カリーナの切子グラス
2011年12月1日木曜日
今年の感謝祭とその後
体調がイマイチなまま24日はブエナ・ビスタへ行き、26日は我が家で定番の料理でお祝いをしました。ケヴィンがほとんんど料理をしてくれて、ケヴィンのママと私の母も手伝ってくれたので助かりました。ケヴィンのパパはカリーナのお相手。
巷で蔓延しているこの風邪は頑固で、10日経った今も私の声はだみ声です。しかも咳が止まらない。せっかく母が来ているのに、先週は全く身動きが取れず。ケヴィンのママが昨日までここに居てカリーナの面倒を見てくれたので、ここぞとばかりに3日間母との予定を詰め込んだら、なんと今日になって今度は母の体調があやしくなって来ました。暦が変わったと同時に雪が降って冷え込んだせいもあるかもしれませんが、遠くから来た母に甘えすぎたかなとちょっと反省。帰国が3日後に迫っているので、明日と明後日は無理をしないように生活です。
ブエナ・ビスタでカリーナはケヴィンの従妹の子供達と大はしゃぎ。いろいろな人の腕を人見知りもせず渡り歩き、床の上でハイハイしまくり、あの日は人生の中で一番楽しい日だったのではないかと思われます。そしてあの日を境になんだか独立心が旺盛になったように感じられ、「ああ、赤ちゃん赤ちゃんしていた時期はこれで終わりかあ」と淋しく思う私です。ケヴィンはそう思わないようなので、父親と母親の違いをここでもつくづく感じる私です。
ありがとうございました
2011年11月23日水曜日
感謝祭直前。声が出ない私。そして、、、
今年はケヴィンのお父さん側の親戚一同が住んでいる街、ブエナ・ビスタでお祝いをすることになりました。おじいちゃんが今年で90歳になったので、最近はできるだけ親戚一同が集まる機会を増やしているのです。我が家での感謝祭ディナーは土曜日となりました。こちらはケヴィンの両親と私の母、そして私達3人とアシャでお祝いです。
そんな重要な時に声が出なくなってしまいました(涙)。先週から風邪をひきそうになりつつ持ち直し、という状態だったのですが、一昨日の夜から喉の調子がおかしくなり、昨日の朝からついに囁き声しか出なくなってしまったのです。すごく不便。
私は普段は滅多に風邪はひかないのですが、あまりにも疲れが溜まると喉にくるタイプのようです。前回こうなったのは6年前の妹の結婚式の時でした。あの時は日程の関係で5週間日本に滞在。妹の結婚式はアメリカに帰る数日前で、それまでに予定を詰めすぎて遊びすぎ、妹の晴れの舞台で私は寡黙の人になったのでした。
その前にこんな状態になってしまったのは、15歳の春、高校受験が終わった直後でした。あの時のストレスレベルは並ではありませんでした。
そしてもう1つ私を襲った症状は、、、円形脱毛症!
実は1ヶ月程前に髪の毛をばっさりと切りました。ついにボールダーに日本人ヘアドレッサーの方が引っ越して来たのです。その方がとても上手で、かなりいい感じに切ってもらいました。ヘアカット後に後ろ姿を鏡で眺めて満足しつつ髪の毛をいじくり回している時に、10円玉サイズのハゲを発見。以前東京でのOL時代に極度のストレスで円形脱毛症になったことがあったので、見つけた時はあまり驚きませんでした。99年の時は同時多発で、頭のてっぺんとサイドに2カ所。今回は見えない後ろ側に1カ所なので、まだいい方か、と。
ところが一昨日、久しぶりにそこを見るとハゲが500円玉サイズになっていてぎょっとしました。母に「実は円形脱毛症なの」とその部分の髪をはらりとよけると、母も仰天。「子育てのストレスじゃないの?ケヴィンに言ったの?」と心配する母を見て、急に不安になりました。Googleで調べてみると、『境界線のところの髪の毛を引っ張って抜けるようなら進行中』と書いてあり、試しに数回引っ張ってみると合計5本髪が抜けてショック!声が出なくて調子もよくなかったので、昨日の昼間はそのままふて寝をしました(カリーナの面倒をみてくれる母がいてよかった)。
そんなわけで、8ヶ月間数日を除いて夜通し寝ていない生活のつけが回って来た状態の私。円形脱毛症についていいアドバイスがある方、コメントかメールをください〜。いずれにせよ、HAPPY THANKSGIVING!
2011年11月14日月曜日
スーツのズボンを翌日届け
今月のケヴィンのスケジュールは感謝祭の週まで出張の連続。シカゴ、ダラス、タンパ・ベイ、NY、ラスベガス、サンフランシスコ、NY・・・と飛び回り、2週連続で休みは土曜日だけです。私とカリーナは母子家庭状態(でも運良く明日から日本の実家の母がやって来ます)。
始まりは、金曜日に出張用の会社のAmexカードを空港近くのパーキングに忘れて帰って来たことでした。私と電話で話しながら清算をしたら、そのまま受け取り忘れてしまったようです。でも、昨日ラスベガスに行く時にちゃんと受け取ったようなので、これは解決。
次は昨日の夜。ラスベガスのホテルに到着後、家に電話がかかってきました。その前に補足しますと、彼は出発直前のパニック・パッキングが常で、その理由は早く荷造りをするとスーツやシャツが皺になるから嫌なのだそうです。昨日もいつもの例にもれず、出発ぎりぎりに大慌てで荷造りをしていました。しかも、私に紙とペンを持ってその横に座らせて、自分の留守中に私に手配をしておいて欲しいことを言いつけていたのでした。私がぼけた質問をすると、気が短い返事が帰って来てこっちもイライラ。5泊6日分の荷物を機内持ち込み用のスーツケースに無理矢理詰めたので、スーツケースははち切れんばかりにパンパン。
そして、ホテルからの電話。「ケヴィンのクロゼットにちょっと行ってみて」(↑日本語で話す時、自分のことを名前で呼ぶガイジン)。何だろうと思いつつクロゼットに行くと、なんとそこに持って行くはずだったスーツのズボン2本がかかっているではないですか!あーあ、、、。まあ、あのパンパンのスーツケースには入らなかったけど、、、。
結局ズボン2本は、今日FedExでラスベガスのホテルに向かって旅立っていきました。
昨日お客さん達と接待ディナーの時に、出張の時の忘れ物の話で盛り上がったそうです。ケヴィンは以前NYにスーツ用靴下を忘れて、夜唯一開いていた土産物屋で『I♥ NY』ソックスを買い、翌日ミーティング先で足をくめなかった、という話がありますが、昨日聞いた話は結構おもしろい。
その人はカジュアルな服装で出張先に行き、革靴を持って行くのを忘れてしまったそうです。やはりNY。到着が夜遅く、ミーティングは早朝。悩んだ挙げ句、コンセルジュに靴を貸してくれと懇願したそうです。結局コンセルジュは貸してくれなかったけど、ホテル内のほかの従業員に借りて一件落着。
忘れ物ではないけど、出張先で困った話。いきなりスーツのズボンのお尻の部分が裂けてしまった人。トランクスが見えるくらいの状態だけど、すでに出先でどうにもならず、ミーティング中お客さんにお尻を見せないようにずっと壁側に背を向けるはめに。
電話で聞いていて結構笑えたけど、やはり今までに聞いた最悪の話はもとお向かいさんだった人で、今でもいい友達の話。ワシントンDCに出張に行き、そこでスピーチをしなければならないという日。目的地に向かいながら密かにオナラをしたら、なんとオナラ以上のものが出てしまった、、、。DCでトランクスを探し求めたという話。キョーレツです。
2011年11月11日金曜日
カリーナをめぐる生活 – 生後8ヶ月
朝起きて「ああ、また一日が始まるぅ。。。」とトイレに座りながら(?!)ふーっと溜息をつくほど大変だったあの日々は過去のものとなり、今はゴールデンエイジまっただ中。性格がだんだん現れてきておもしろくなってきました。先週からハイハイで追っかけっこをして遊ぶようになり、一緒に遊ぶのが一段と楽しくなりました。
最近他の赤ちゃんや子供にとても興味を示し、笑ったり触ったりしてコミュニケーションを取ろうとします。ネットワーキングが重要になってきて、街で出会う赤ちゃんとお母さん達とどんどん情報交換をし、プレイデイトをするようにしています。
私達の日々はこんな感じに流れていきます。
離乳食の経過
今のところアレルギー反応もなく、何でも食べてくれています。でもやっぱり甘い果物が好き。イマイチ口に合わないもの(例えばいんげん)に対しては、「うう〜」と気張った声で顔を赤くして嫌な感情を露にします。いいのかなと思いつつ、ちょっと果物と混ぜて食べさせています。
2011年11月5日土曜日
スリープトレーニング
9月末にスリープトレーニングを始めました。きっかけはセラピストに勧められたこの本。それまでの経験から、うちの子は一筋縄では行かないので、早いうちになんとかしないとダメだと思ったわけです。
それまでは腕の中で眠るまで待ち、そぉーっとベビーベッドに移し、抜き足差し足で部屋を出る、ということを繰り返していたのですが、もう6ヶ月を過ぎたのである程度は泣かせても問題なしと判断。まだ起きている間にベッドに置き去りにされて怒り狂って泣き叫ぶ我が子を、ビデオ付きモニターで観察する日々が始まりました。
カリーナの年齢の子供にこの本が勧めるパターンは、朝7時頃起床、9時頃と1時頃に昼寝(プラス、必要に応じて夕方3度目の昼寝)、そして6時半頃就寝。成功の秘訣は早め早めの行動で、眠気がさした頃と疲れすぎる前のちょっと合間を逃さずに、さっさと寝かすこと。目を擦り始めたらもう遅い!寝かせたいと思う時間の少なくとも30分前から、眠らせる準備を始めないといけないそうです。
こんなに早く寝かせたら朝早く起きるのではないか?と思いがちですが、意外にもそうではないのです。むしろ夜遅くまで起こしておくと負のスパイラルに陥るようで、昼寝の時間も短くなる傾向にあるようです。そう言えば、私自身も寝すぎた日に限ってよく午後に眠くなってましたっけ。
そんなわけで、このパターンに沿ったスケジュールが始まりました。すると、3日後に変化が現れはじめました。始め疲れ果てて眠るまで30分程泣いていたのが、20分、15分、5分、そして時には泣かずに眠りに落ちるようになりました。プラス、それまでは夜寝てから必ず45分後くらいに目が覚めて泣いていたのが、ピタリと止まりました。1時間半くらい経過して泣く時があっても、しばらくモニターで様子を伺っていると、どうやらREM睡眠とNon-REM睡眠の移り変わりで一瞬泣くだけのようで、数分でまた眠りに戻るのです(今だに私が寝る前に1度、夜中に1度授乳はしていますが)。
昼寝の時間は1時間から2時間の間でまちまちですが、その時間になるとベビーベッドに入れて"I love you~"と告げてドアを閉めます。置かれた瞬間に「ぎゃー」と叫び、その場に座り直り部屋を出る私を泣きながら見ている、ということも少なくありませんが、大体は数分以内に静まり返り眠りに落ちるか、しばらく静かにベッドの中で遊んでから眠ってくれるようになりました。セルフスージング(自己鎮静)という重要なスキルを学んでくれたわけです。
昼間は1時間以内に起きても基本的にはドアは開けません。この時間は私がシャワーを浴びたり、家の中で必要な用事を済ませる時間です。1時間以内は「昼寝」にカウントされないので、次に寝る時間を早めます。
夜は7時頃までには必ず寝かせます。一旦彼女の部屋に入れたら、刺激を避けるために明るいところへは出しません。お陰で私の生活はかなり制限されるようになり外出が難しくなりましたが、これもしばらくの辛抱。その後は家の中のことに追われつつも、ある程度の自分の時間も持てるようになりました。プラス、ディナーに友人を招待する場合、カリーナが寝てくれた後大人だけでゆっくりと会話ができるようになりました。
十分な睡眠を取り、きちんと休息できていると機嫌がいいのは大人も子供も同じ。私の生活はしばらくこれに縛られそうですが、パターンがしっかりしていれば若干の乱れがあっても修正は楽、とのことなので、このまま厳しくやっていくつもりです。ちなみに今週末は夏時間から冬時間に変わる週末です。1時間の時差はしばらくきついかなあ、とちょっと心配。
2011年11月2日水曜日
Happy Halloween! 本番です
噂には聞いていましたが、メイプルトンのハロウィーンは想像を絶する賑わい。いやー驚いた。アメリカ人の友人もびっくり。まるで観光地です。聞くと近郊の街デンバーやロングモントからもはるばる来ているらしい。
先週友人Sちゃんにコストコに連れて行ってもらい、巨大なお菓子2袋・5キロ分を購入してきました。下に置いたペンのサイズをご参考ください。しかし当日になって不安になり、その日の昼間に遊びにくるはずになっていたまた同じ友人Sちゃんに、普通のスーパーマーケットで更に2袋買って来てもらいました。これで合計40ドル分。
6時頃に「是非メイプルトンのハロウィーンを一緒に経験したい」という友人夫婦が到着。バックグラウンドにブレンドしてしまって見にくいですが、彼女は孔雀です。ちなみに彼女は妊娠6ヶ月です。念のため。私とケヴィンは今年は仮装どころではなく準備をしていませんでしたが、急きょケヴィンはログキャビン用のカーハーツをシャツなしで着て、持って来てもらった麦わら帽子をかぶり即席トム・ソーヤ(なんだそれは)。私は2006年の衣装を引っ張り出して来て”オリーブ”(ポパイの彼女です←これが結構はまり役と言われます)。
暗くなり始めた6時半頃から、親に連れられた小さな子供達がやって来始めました。かわいいー!私達は玄関前のポーチのソファでドリンク&スナックをつまみながらお菓子を渡します。その時は「こんなお菓子余ってもしょうがないね」と寛大に4〜5個をがばっと袋に入れてあげていました。
ところがどんどん人の波は大きくなり、年齢層も高くなり、結構かわいくない子供達もやって来始めました。かわいくない、というのは、何も言わずに入って来て、お菓子をもらってもお礼も言わずに立ち去る、という類の小学校高学年から中学生くらいの子供達です。「来年は2種類のお菓子の入れ物を用意して、かわいくない子たちにはレーズンでも渡すか」と真剣に話し合った程です。
その後私がカリーナを寝かせている間にものすごいラッシュがあったらしく、結局私が7時20分頃に戻って来るとお菓子は残り15個になっていました。7時半にはみんなにごめんねーと謝りつつ、ポーチのライトを消して店じまいになってしまいました。その後9時頃まで外は賑わっていましたが、8時を過ぎるといつの間にか辺りは真っ暗に。電気がついている家の前には、ものすごい数の人が群がっていました。。。
