2010年5月20日木曜日

セント・バーツ #3 

セント・バーツに関するポストが、どうも間延びした感じが否めない展開になってきました(こんなことで南アまで行き着けるのか?)。ここで気を引き締めて更新です。

これは珍しいシェルビーチ。砂の代わりに貝殻で埋まったビーチです。女性陣はこのビーチにあるレストランで食事をし、私はその時水着を来ていなかったのでビーチサンダルで歩いていましたが、この写真を見ながら「裸足で歩くとどんな感じだろう?」と今更ながら思ったのでした。

ダイビングには向いていないといいつつ、ちょっと沖の方に行くと海底はこんなに↑美しいそうです。私は1回目のスノーケリングで荒波にもまれ苦しい思いをしたので、2回目はこんなに↓浅いところにしか行く気になれませんでした。悲しい。

私の大好きなペリカン。魚を探して水の上を旋回中。

セント・バーツの特徴は、この赤い屋根だそうです。

残念ながらグスタビアの街に着いた時は、ほとんどのショップがちょうど午後のお休みの時間帯。なんとものんびりした空気が流れていました。

島を去る時に目撃した超高級ヨット。その名もアルファ・ネロ。全長82m。日本円にして約170億円! しばらくここに停泊しているとのことでした。これがどれほど贅沢なヨットか興味がある方はこちらをどうぞ。

Luxury Insider

Next Pageというところをクリックすると、たくさん写真が見られます。キョーレツです。

「甲板の上のプールの脇を、7−8歳くらいの男の子が走ってる!」と鼻の穴を膨らませて叫ぶ私。私達が通り過ぎると、ヨットに設置されたプラットフォームからささっとジェットスキーが2台出て来て、私達の後方を右に左にガンガン飛ばし始めました。私達が通った後の波を楽しんでいたらしい。本物の大金持ちってこういう遊び方をするのか、と溜息。(*写真のケヴィンの顔がなんだかヘンですが、無視してください。これしかジェットスキーの写真がないので。本人がこれを見ないことを願う。)

2010年5月13日木曜日

セント・バーツ #2 ここはどんな島?

セント・バーツという島は、西インド諸島に数ダースはある楽園の1つで、広さ21 km²のフランス領の小さな島です。公用語はもちろんフランス語。驚いたことに(当然なのかもしれないが)通貨はユーロでした。去年の9月まで私はこの島の名前を聞いたことすらなかったのですが、ここは知る人ぞ知る特別な島なのでした。

この島は、裕福層と有名人が俗世間からエスケープしお忍びでバカンスにくる場所として有名なところ。ここを一般観光客の多い他の島と差別化するために、あえて物価を高く維持し、普通の旅客機が離着陸できないよう空港を小さくし(世界で3番目に短い滑走路だそうです)、クルーズ船を寄せ付けず、大型ホテルの建設も許可しないというポリシーを貫いているそうです。つまり、プライベートジェットかヨット以外では、この島にはアクセスできないわけです。

これがその短い滑走路。島が見えてから着陸まであっという間でした。

                      photo by Heather

その着陸がいかにあっという間だったかは、このケヴィンの表情から読み取っていただけると思います。

小さな空港を飛び立つプライベートジェットは、その百メートル程先のビーチの上を轟音を立てて通過するのでした。

この島に存在するホテルのほとんどが、6から20前後しか部屋数(もしくはヴィラ数)を持たず、高い建物もありません。一見のどかな島なのですが、看板を見ると・・・

田舎道にポツンと「Cartier →」(5キロ先を差している)という看板が立っていたりして、笑ってしまいました。ちなみにこの島全体がデューティーフリーです。そういう意味ではお買い物はしやすいのですが・・・。

そういえば、ビーチにルイ・ヴィトンの首輪をした犬がいました。それを見たアメリカ人の1人が「ここは犬もお金持ちなんだなー」

私達の泊まったところも、木の生い茂った坂に15のヴィラが点々としていました。

矢印が私達のヴィラ。ジョギングに行ったケヴィンが「パパラッツィだったらここに隠れて写真を撮る、って場所があったよ」と興奮して帰ってきました。そこからこの写真を撮っているが、実際はそこに望遠レンズを持って立ったらバレバレです。

その先はこんな自然なビーチになっていまして、右の奥が私達のホテルの敷地。

ところで、このビーチはなんとブラピがヌード写真を撮られたところ。彼は私達が泊まっていたヴィラの1つ(CEOが泊まっていたヴィラではないかと思われる)に滞在していたそうです。ブラピと同じホテルに泊まったなんて。うっほほーい。

このホテルは、希望すれば人に合わずに車でそのままヴィラまで行きそこでチェックインし、滞在中誰とも顔を合わせずに自分の希望するサービスにすべて応えてもらえるそうです。

帰り道、自分のヴィラの場所を再度確認するためによーく見ると、隣のヴィラでくつろぐミッチの姿を発見。「なんだ、ここからだと丸見えじゃん」とつぶやく私の横からケヴィンが「おーい、ミッチ、ちゃんと服着ろよー」(彼はちゃんと短パンは履いていました。念のため)と叫ぶと、ちゃんと本人に聞こえていました。

実は私達は「ここなら誰も見てないねー」と喜び勇んで裸でプールに飛び込んだりしていたのでした(汗)。

ここだったら安心と思いきや。

ヴィラはとても開放的な作りになっていまして、小さなキッチン付きのリビングが一間、そして引き戸で仕切られるベッドルームとその先にウォークインクロゼットとバスルームがあります。この天蓋ベッドは一見素敵ですが、天蓋=蚊がいる ということで、滞在中例に漏れず私は蚊の餌食になりました。

こんなに素敵な朝食が毎朝用意されるのですが、座って10分もしないうちに蚊にどんどん刺されるのが非常に残念でした(涙)。ちなみに、ここのスタッフは毎朝お願いした時間にきっちり、しかも物音を1つもたてず朝食を用意してくれます。準備ができるとドアベルを一度鳴らしてくれ、カーテンを開くと魔法のように朝食がテーブルの上に並んでいるのです。(1日目の朝の感激と言ったらもう!)

一度準備しているところを見てみたいと思い(また余計なことを考える)、3日目の朝リビングルームで本を読んで待っていましたが、なんと数分バスルームに立って戻るといつものように準備が整っていたのでした。私がいなくなるのを物陰から見ていたのではないか、という早業でした。

さて、このヴィラは1泊いくらだと思いますか?現在はローシーズンですが1泊930ユーロ。12月から4月のハイシーズンは1680ユーロから1840ユーロだそうです。一般的にここに滞在するゲストは1週間単位での滞在だそうです(溜息)。日本人マダムで毎年滞在されるゲストが1人いらっしゃる、と聞きました。どんな方なのでしょう。

<続く>

2010年5月12日水曜日

セント・バーツ #1 日程

まず、このエリアの地図から。一番右の長い矢印がセント・バーツ。そこから左へ セント・マーチン、プエルト・リコ、左上がフロリダ半島。(それにしても、いろいろな国がカリブ海の島を手に入れたものですね。)

中心地グスタビアの港

<日程>

*参加者はアメリカから6組、イギリスから4組、単独参加の男性3人とCEO(最高経営責任者)カップルの計25人。この旅行は、昨年会社に貢献したトップセールスマンのためのご褒美旅行。15ヴィラしかないホテルは貸し切り状態でした。

5月1日

フロリダからプエルト・リコの首都サン・フアンに飛び、そこからチャーター機でセント・バーツへ
Hotel Le Toinyにチェックイン後、ウェルカムドリンク&集合写真
9pm 島で一番”ホット”なレストランでディナー&ダンシング ←これがすごい展開に

サン・フアンから他の5人と合流し、チャーター機で1時間半のカリブ上空の旅

5月2日

午前中は自由行動だったため、2日酔いで目覚めた後、しばらくホテルの近くのビーチでスノーケリング(しかし魚は全く見られず、荒波の中でもがいただけの私)
ランチ&午後のウォーターアクティビティが別のホテルのビーチでお膳立てされており、ケヴィンはパドル・ボードとウィンドサーフィンを体験
ディナーは自由行動

ビーチサイドのレストランは砂の上に直接テーブルが置かれていました

5月3日

レンタカーが全員に用意され、それを使って自由行動
4pm ジェットスキーに乗りたい人集合(私達はパス)
5pm サンセットクルーズ
8pm ディナー ←その後CEOの鶴の一声で、私達のヴィラで2時までドリンクをホストするはめに

この小さな入り江を眺める高台に、以前ロックフェラーが所有していたというお屋敷が売りに出ていました

5月4日

ケヴィン:男性陣とセント・マーチンまでボートで行き、そこでスピードボートとヨットを体験
私:女性陣とスパ&ランチ、その後CEOのヴィラで女性だけ集まりプールサイド・パーティー ←ここで強気な妻&GF達の発言で盛り上がる
9pm ホテルにてフェアウェル・ディナー

スピートボートを楽しむ男性陣

5月5日

昼前にセント・マーチンまでボートで行き、そこから飛行機でフロリダへ

Hotel Le Toinyのインフィニティープール。フェアウェルディナーの後、洋服のままここに飛び込んでいる人(=ケヴィンのボス)がいました。

一連の旅行、終了。

Saint Barthélemy(セント・バーツ)への4泊5日の旅はあっという間に終わってしまい、ついに現実の世界へ引き戻された私達。南アとこの旅の間隔が4日間しかなかったので、2つの旅の余韻がヘンに入り交じった不思議な気分に陥っています。

約1ヶ月間気温25℃から30℃の場所にいましたが、今朝起きて一番にしたことは雪かき。こんなに遅い雪はコロラドに7年住んでいて初めてです。今年はなかなか気温が上昇しないコロラド。アシャにもまだしっかりと冬毛が生えています。

1ヶ月美食が続き贅肉を気にするケヴィン(珍しい。ついに彼もそんな歳になった?)の懇願で、家に帰って来てから野菜を主食にしている私達です。普段だったら目を輝かせていただく高級なフランス料理も、何日も続けて食べると日本人には結構苦しい。しかも南アでの食事があまりにもおいしかったので、恐れ多くも最後の方はフレンチへの敬意が薄れ「ふん、これはイマイチね」(←自分で払っていないからそんなことを言える)なんて偉そうなことを言うようになり、我ながら「人間って恐ろしい生き物だ」とつくづく思った私達でした。

こんな機会がなければ一生経験することのできなかったであろう Saint Barthélemy で垣間見た非現実的な世界。南アは後回しにしてまずはこちらからアップしていきます。

2010年4月27日火曜日

「ザ・コーブ」日本版 

OPSのJoeからこんなリンクが送られてきました。日本語版の約15分が無料で見られます。 15 minute Japanese cut available here for free

南アフリカ#1 Franschhoekとワインカントリー

ケープタウン国際空港から東へ車を走らせ30分弱で、目の前に葡萄畑が広がり始めます。

Franschhoekの1つ手前の街 Stellenbosch。ここは優秀な学生が集まる大学がある学園都市です。

白い壁と曲線が美しいこの建物は「ケープダッチ様式」と呼ばれるもの。これは長屋風の一般の家。

南アフリカの歴史を遡ると、1498年にポルトガル人バスコ・ダ・ガマが喜望峰を通過するインド航路を発見後、1652年にオランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックがこの地に到達。その後オランダ人移民によりケープ植民地が成立。アフリカーンス語という言語はオランダ語を基礎にしてできた言語で、南アフリカの公用語の1つです。

ここFranschhoekはアフリカーンス語で French cornerという意味だそうで、1688年に宗教戦争後フランスを逃れた約200人のユグノー(改革派教会)がこの地に落ち着き葡萄農園を始めたそうです。

何度も忘れかけましたが南半球は現在秋。太陽は北。一瞬混乱した私は「ここでは太陽は東に沈むってこと?」とマヌケな発言をし、ケヴィンに「バカ」と叱咤されました。

道に立つサインもフランス語だらけなのですが、現在ここに住むフランス人は4人だけだそうです。そのうちの2人と知り会いましたが、その1人が後ほど私達の旅で重要な人物となります。

ここで1泊したLe Petite Vigne。素晴らしいホリデイの始まりを予感させる宿でした。

チェックイン後、長旅の疲れも感じずさっそく予約をしていたレストランBread & Wineへ。南アフリカで最もグルメな街と言われるFranschshoek。期待はかなり大きい。

スイカのサラダと自家製サラミプレート。サラダの奥に見えるものは、ナスのペーストを使ったフラットブレッド。期待を裏切らず◎。見た目も美しいですが味もピカイチ。野菜の使い方が特にいいと思いました。

ワイナリーの一部のレストランだったので、食事とともにワインのテースティング。この国はとにかくワインが安い。4杯目を飲む頃には長旅の影響を感じ始め、まったりとした気分に。

ランチの予約が2時で、ディナーの予約が7時半。その間宿に戻ってしたことは昼寝だけ、、、。目が覚めたら夕焼け時でした。ランチで興奮して食べ過ぎたので、お腹を少しでも空かせるために次のレストランまでは20分程歩きました。(で、問題なく3コース食べた。←8コースのレストランはパスしました)

気になるきついドレス。翌朝はケヴィンと一緒にジョギング。前日食べたものが重かったです。

このエリアだけでもかなりの数のワイナリーがあり、ある程度目星は付けていたものの、結局ジョギング中に見つけた小さなワイナリーに後ほど戻りテースティングをしました。年間5000本しか生産していないという、ブティーク・セラーです。1ケース(6本)をアメリカに送ってもらうことにしましたが、送料込みでたった200ドルちょっと。税金はデンバー空港で受け取り時に払います。

ところで、ケヴィンの後ろで寝そべっているのはドーベルマンです。

ランチも素敵なワイナリーのテラスで。その後Simon's Townへ出発。

南アフリカ旅行

25日に南アフリカから帰ってきました。14日に夢にも思わぬアイスランド火山噴火。そのニュースを聞いた時はインターネットが使えずTVもない場所にいたので、1日で収まったものと思い込んでいました。ところがロンドンからやってくるはずだった10人の招待客が17日の結婚式にこられず、そこで初めてヒースローが数日間も閉鎖されている事実を知り、19日にTVで初めてヨーロッパ内の大混乱と噴火の様子を見て驚いた私達でした。

今年に入ってケヴィンは、東海岸と南部の記録的大雪やフロリダでの嵐、そして先月はデンバーでの大雪でひどい目にあっており、今回私もケヴィンの悪運の波に飲み込まれてしまうかと焦りましたが、どうやら私の運の方が強かった模様(と、自分で思っている)。

ちなみに24日のケープタウン発ロンドン行きを逃したら、最先便は5月7日でした。ケヴィンはもちろん仕事を心配していましたが、私の大きな心配事はこれで夢のSt.Barthelemy行きを逃すこと、、、次の出発は4月30日なのです。そんなわけで、危ない橋をぎりぎり渡った私達でした。

ここで私達の旅程のサマリーを。

まずケープタウンに飛び、ケープタウンの東のウェスターンケープ州のFranschhoekで1泊後、ケープ半島(下図)のSimon's Townで2泊。その後ダーバンへ約2時間の飛行で移動。そこから西へ約2時間車で移動し、結婚式が行われたMidlandsで7泊。最終日レソト王国へ1日ドライブ。ケープタウンに再び戻り、Camps Bayで3泊。

<ケープタウン近郊>

Simon's Town:ここからBoulders Beachまでカヤックでペンギンツアー、ボートでアザラシ見学、喜望峰(Cape of Good Hope)でハイキング

Camps Bay:ケープタウン市内から車で10分ほどの高級住宅街。ここを拠点にして3日間観光。

Table Mountain:頂上が平な山なのでこう呼ばれる。ケープタウンのシンボル。
Chapman's Peakドライブコース
Constancia:南アフリカにおけるワイン発祥の地
Khayelitsha:黒人強制居住地域の1つ
Robben island:ロベン島。元政治犯の強制収容所。ネルソン・マンデラが収監されていた所。

これに沿って私達の南ア旅行について書いて行きたいと思います。