2010年10月25日月曜日

ピークは先週でした

相変わらずブログの更新が全然追いついていないのですが、紅葉(黄葉)のピークは先週でした。

先週、出かけた帰りにこの道を車で走っていて、青い空と黄色い葉があまりにもきれいだったので、帰ってすぐにアシャとカメラをピックアップして外へ。せっかくなので、8月に日本から越して来た親友Iちゃんの家まで歩いて行き、中を除くと、居ました居ました♪ 

2歳のK君を連れてカメラを持って出て来た彼女と、3人プラス1匹で近所をお散歩。

その後気温が下がり大風も吹く今現在、葉っぱはほとんど散ってしまいました。例年に比べて驚くほど長く楽しい夏が終わり、秋が駆け足で通り過ぎ、ついに家の中が通りから丸見えの季節になってしまいました。

2010年10月18日月曜日

日本人は『日本人論』がお好き?

日本人は日本人論が好きな民族だそうです。

夏に北海道に滞在している時、近所の図書館に足繁く通っていましたが、その時に読んだ本の中でなかなかおもしろい日本人論を展開している本がありました。私が興味を持った部分の簡単な要約をここでご紹介したいと思います。
それは『なぜ日本人は二重人格なのか』というような書名だったのですが、残念ながら書名と著者名を控えずに返却してしまい、その後ウェブ上で探しても見当たらないので正確な情報はありません。

この著者も、一般的な日本人と欧米人を「農耕民気質」と「狩猟民気質」に分けるところから理論を始めています。これは東洋人と欧米人を大まかに分別するのによく使われる手ですが、改めて読んでみると結構納得できる部分がありました。*ところで、このポストでは二重人格論には触れません

その概要はこんな感じです。

<目標の設定と戦略の立て方の違い>

農耕民族
本質的に大事なことを直感したり、正しい方向を的確に探り当て、適切な戦略を立てる点で優れている。農作物を育てるのに標的の設定・戦略に頭を悩ます必要がない。

狩猟民族
狩りは最後の一瞬が勝負なので、そこに全ての集中力とエネルギーを投入する。獲物に逃げられると簡単に諦めてしまうのが欠点でもある。その反面、深追いしない、失敗に執着しないという点が長所とも言える。

<目標に向かう姿勢についての違い>

農耕民族
目標達成までの根気強さが長所。
つまり、目標があらかじめ与えられており、その目標に向かって粘り強く接近。毎日同じことの繰り返しに耐えるという根強さが、生産性の向上に求められる。

狩猟民族
流れを掴む勘が良い。
狩猟は目標設定と標的接近から始まる。偶然が支配する場合も多いので、臨機応変に新たな目標を設定し次に進む。狩りに粘りは必要だが、執着心は農耕民族気質よりは必要とされない。

ここまでは「ふんふん、なるほどねえ」という感じで読み進んで行きましたが、これから先が私が「これって今の日本社会そのものかも」と強く思った部分でした。

『(農耕民気質は)目標を達成できなかった時、悔いは狩猟民族気質より強い。偶然が支配することが少ないので、失敗に執着しがち。目標が見えない時、目標が揺れ動く時、方向性を見失った時に大きな弱点を露呈。』

更に続きます、、、

『物事の本質、一番大事なことからハズレ、どうでもよいこと、枝葉末節な細部に異常にこだわり、エネルギーの浪費をしがち。』

実は最近、久しぶりに「ザ・コーヴ」を製作したOPSに関わりました。日本では夏に映画が公開された後、あの話題はどこへ行ってしまったのだろうという感じですが、彼らは諦めずに地道に活動をしています。

日本でこの映画が公開された後の反応は、上の『物事の本質、、、』に近いものがあると私は思うのです。結局日本人は、この映画の撮影方法やドキュメンタリーのあり方ばかりを問題にし、この映画が訴えようとしていた大きな図(海洋資源保護に対する姿勢、水銀問題、等)に関してのディベートまで、表立ったところでは行き着けなかったような気がします。よく探せば一歩踏み込んだ記事などもありましたが、私のように目を光らせていないとあまり人々の目に触れなかったものが多かったのではないでしょうか。

日本社会の構造上、太地町に対する同情の念も理解できなくありませんし、撮影方法をどうでもよいことと言うのは語弊がありますが、感情的な部分がナショナリズムのような流れにまで至ったのには驚きでした。どうやら日本ではドキュメンタリーは中立な立場で作成するのが基本のようですが、欧米では自分の信念や主張を世の中のより多くの人に知ってもらう、というのを目的にした作品も多いのです。

2008年の冬から日米を行き来しつつ日本で長い時間を過ごしましたが、政治を含め日本の体質が変わるのは本当に難しいことだと実感しています。

日本人による日本人論を、もう少し有効利用できないものでしょうか?

2010年10月9日土曜日

また1年

昨日ケヴィンはヘロヘロになって出張から帰ってきました。

さて、私達には6月の婚約記念日、9月にアメリカで挙げた式の結婚記念日、そして10月はその1年前の日本での結婚記念日、といろいろ記念日がありますが、今日は日本の結婚記念日。1999年に式を挙げたのでかれこれ11年になります。週末ケヴィンは例によってログキャビン建設現場なので、1日早い金曜日に何かお祝いをしようかという話になりましたが、出張続きの彼は心身共に疲れきっていたので、結局ささやかに家での夕食となりました。

料理が出来上がりテーブルのセッティングをしようとすると、そこにさりげなくカードが置いてありました。結婚して11年経ってもちゃんとカードをくれる優しい性格は、私達に年に何枚ものカードを送ってくれる彼の両親譲り。カードには今年の我が家の梨の木の豊作を象徴するかのような、かわいらしいシルバーの梨がついていました。

そして私達のfamily treeも、来年やっと1つ新たな実をつけます。

最後の桃、そして次は林檎

アメリカに帰って来てからほぼ毎日食べていた桃。ファーマーズマーケットで購入するコロラドピーチは、病み付きになるおいしさでした。アメリカでは果物の皮をそのまま食べることが多いのですが、桃もその例に漏れず皮ごと食べます。日本でも最近は黄桃を缶詰用だけでなく生で食べるために生産しているようですが、コロラドピーチは基本的に黄桃で、白桃はまれにしか見られません。淋しいことに、今年の桃の販売は先週を持って終了。これが今年最後の桃のショットです。

最近私は食べ物に関してかなりストリクトな生活を送っており、糖分はできるだけ果物からのみ取るように心がけています。まあ”できるだけ”ということで、たまーにクッキーを1枚とか、時にはジェラートよりは糖分控えめのフローズンヨーグルトなんかは食べていますし、母が作って持たせてくれた砂糖控えめのハスカップジャムを、ちまちまとヨーグルトに混ぜて食べたりはしています。

というわけで桃は夏の間私のお菓子代わりだったのですが、さて次はどうしようかと今朝ファーマーズマーケットを歩き回ると、小ぶりでかわいらしい林檎が並び始めていました。$5で小さな袋に林檎詰め放題、というスタンドで林檎を選びつつ生産者に「どこから来たの?」と聞くと、ボールダーから西へ4時間程のGrand Junctionから更に南西に60マイルの街から来たとのこと。「林檎を詰めたトラックで来ると5時間かかるんだよ」という言葉を聞いて、「これで$5はスーパーに比べてやや高めだな」という密かな思いが一瞬にして吹っ飛び、そんな遠くからわざわざやってくる果樹園の人から直接林檎を買えるという喜びを感じたのでした。

多くの反響があった我が家の梨の木。コロラドのように雪が多い気候でも、ずいぶんと成長してくれました。3年前 2年前(去年は4月の大雪で花がやられ不作)

2010年10月6日水曜日

無理は禁物

日本から帰ってからしばらくの間思うように体が動かなかったのですが、体調が完全に元に戻ったここ数週間、そのリバウンドで調子に乗って予定を詰め込んだら、一連の予定が終わった月曜日の夕方から気が抜けたせいか体調に陰りが、、、。「マズイ、このまま落ちたら病気になる」というあの嫌な瞬間です。

ケヴィンも先週からこの1年で”最悪級”(長さが)の連続する出張で、タッチ&ゴー状態。先週の水曜日からの彼の日程は:ヒューストン1泊後木曜日に帰宅。金曜日から4泊5日でラスベガスで恒例のセールスミーティング。火曜日の午前中にデンバーでのミーティングの為、べガス最終日3時間の睡眠時間で9時にデンバー空港に降り立った瞬間、ミーティングがキャンセルになったことを知り、一旦帰宅。そのまま1日働いて夕方は別のミーティングへ。そして今朝5時半にミネアポリスに向けて出発。明日そこからサンアントニオへ移動して金曜日に帰宅。週末はもちろんログキャビン建設現場へ向かいます。

という調子で、昨日は夫婦2人でクラッシュ直前の超低空飛行でしたが、こういう時は布団に早く入るに限ります。2人ともなんとか持ち直しました。しばらくは予定を入れず、溜まりに溜まった家の中の用事をおとなしく片付けるつもりです。「自分の体力を過信するな」という天からの声でした。

みなさまも季節の変わり目はご注意を。

秋の訪れとともに成長の速度は遅くなりましたが、まだまだ野菜が収穫できます。今年我が家の梨の木は豊作。20個近く実をつけてくれました。これがとっても甘い。

2010年9月21日火曜日

フォトコンテストで思い出しましたが・・・

ケヴィンは他にもいい写真をたくさん撮っています。

私がとても気に入っているパフィン(ニシツノメドリ)の写真は、アイスランドで撮影。

まるで北の地の果てのようなところに、鳥の楽園がありました。

こんなに近くまで接近できますが、実はパフィンはとてもシャイな鳥です。

こちらは私が撮影。羊が3頭ポーズを取ってくれました。

8月の日の入りはとても遅く、12時頃まで車を走らせてまだかすかに光がある中でテントを設置する、という日もありました。温泉が至る所にあるので、キャンプも快適でした(2004年当時、物価は卒倒しそうなほど高かったですが)。

なんとなく、昔の写真を載せてみたくなりました。

2010年9月19日日曜日

フォトコンテスト

アウトドア好きの人間なら確実に購読している『Outside』という月刊誌があります。もちろんケヴィンは20代の頃からその雑誌の読者で、仲のいい友達をはじめケヴィンのお父さんもこの雑誌の読者。

最近その雑誌で「南アフリカフォトコンテスト」らしき企画を見つけた彼は、南アで撮った一番のお気に入りのバブーンの写真を応募してみると、なんと入賞!商品は南ア旅行に行くために買ったカメラと全く同じものだった、というのには笑いましたが、あの有名な雑誌の12月号にこの写真が掲載されるとは快挙です。同じくこの雑誌を愛読する南ア人の友達(この写真をすでに見ている)には、彼が12月号を手にするまでナイショにしておいて驚かすつもりのようです。

こちらは私が撮った写真。喜望峰に向かう途中の車が行き交う道の横に無造作にあった『バブーンに注意』サインです。

そしてこんなところで、ケヴィンの傑作は撮影されたのでした。

2010年9月14日火曜日

山火事 その後

出火後3日目の朝の様子

先週の山火事は、168の家を焼き6000エーカー以上を燃やした後ほぼ鎮火しました。幸いけが人はいませんでしたが、コロラドの歴史上最悪のこの火事の原因はどうやら火の不始末だったようで、現在調査が進められているようです。

私がボールダーに帰って来てから3週間、雨が降ったのは1度だけ。ここまで乾燥すると不安になります。雨が降ったのはこの写真を撮った日の午後で、前々から友達と集まってファーマーズマーケットの横でピクニックをしよう!と計画していた水曜日の4時。ピンポイントで雨に降られましたが、山火事のために文句は言えませんでした。その雨のお陰で停滞していた煙はなくなり、また抜けるような青空が戻りました。

2010年9月6日月曜日

Wildfire in Fourmile Canyon

山火事です(6日午前11時半現在)

そして午後5時半現在の様子

朝10時半頃にアシャの散歩を始めた頃、「ちょろちょろと煙のようなものが見えるな」と思ったのもつかの間、池の周りを15分程かけて一周するころには一番上の写真のようになっていたこの山火事。たまたま風の強い日だったこともありあっという間に3000エーカーに広がってしまいました。200家屋の人々が現在避難をしているようです。

ボールダー中心から北西4マイルのところで起こっており、風向きが反対なので私達の住むサウスボールダーには煙は届いていませんが、市内の広範囲が煙に覆われているようです。ここも昼間ちょっと煙の匂いがしました。100人の消防士が消火にあったっており、50−75人がスタンバイをしているようですが、けが人がないことを祈るばかりです。

初めてのフェイスペイント

今週末はLabor Day Weekendで3連休でした。5月の末のMemorial Day Weekendが夏の始まりでこの週末が夏の終わり、ということで、この2つの連休は各地でフェスティバルが行われます。 先月ボールダーに引っ越してきた親友一家と一緒に、ボールダーのお祭りに行ってきました。

そこで、5歳のS君は初めてのフェイスペイントを体験。さてこれは何でしょう?

まず兄弟で記念撮影

そしてアシャともパチリ

彼はスパイダーマンなのでした

2010年9月5日日曜日

夏のスキーリゾート

8月末の話になりますが、2泊3日でBeaver Creekというスキーリゾートにあるパークハイアットに行ってきました。ここはコロラドの他のスキーリゾートとはちょっと違って、どちらかというとプライバシーを好むお金持ちが別荘を所有するエリアにあるちょっと高級感が漂うスキー場です。ちなみに、4年程前に亡くなったフォード元大統領もここに別荘を所有しており、その物件が今年の冬に約11億円で売りにでていました。

Winter Parkにコンドミニアムを購入する前は、よくこの辺りにも足を伸ばしていましたが、リゾート内に泊まったことはありませんでした。なぜそんなところに私達が泊まったかというと、8月末に有効期限が切れるパークハイアット無料宿泊券を消費するためでした(笑)。

夏のスキーリゾートにはほとんど行ったことがありませんでしたが、雪のないスキー場がこんなに気持ちがいいとは思いませんでした。人も少なくて快適です。約2500mのベースから3000mまで2時間半かけてゆっくりとハイキングトレイルを歩いてみました。日本から帰って5日しか経っていなかったのでちょっときつかったのですが、頂上でランチをのんびり食べて大満足。

そして帰りはリフトに乗って下に降りると「登って良かった〜」と満足度倍増。小さいですが、真ん中やや右の矢印がさしている建物がパークハイアットです。スキーをするには立地条件抜群です。

お金持ちの別荘の例をご紹介しますと、こんな感じです。ここはホテルがあるエリアのすぐ左側です。下の写真はこの写真の一番右の家。これも軽く5億円は越える値段ではないかと思われます。

拡大写真はこちらです。家の右横にうっすらと赤いものが写っていますが、あれは大きなSUVです。ここに別荘を持つ人々はいろいろなところに別荘を所有しているので、ここに来るのは年間数週間だけ、という人が多いようです。

つかの間の現実逃避の週末でした。

ハチドリの撮影に成功。望遠で撮ったので大きく見えますが、実物は小さいです。

2010年8月28日土曜日

ここが私の落ち着く場所

先日ボールダーに帰ってきました。こちらはインディアンサマーの始まりで、とても気持ちがいい気候です。今年の北海道は湿度が高く雨も多かったので(今までなかったというゲリラ豪雨も多々あった)、“北海道の夏としては失格”という感がありましたので、毎日当然のようにそこにあるボールダーの青空の有り難みを、改めて感じているところです。

朝日の角度で刻々と表情を変える山を眺めながら、アシャの散歩

私が帰った時ケヴィンはNYCに出張中。アシャが私を出迎えてくれました(それまでドッグシッターがお散歩には連れて行ってくれていた)。私の留守中に私のことを考えてくれることがあったのかは謎ですが、2日後にケヴィンが帰ってやっと“家族”が一緒になると、ケヴィンが言うには「アシャも満足そうに見える」ということです。

帰った翌日、優しいケヴィンの両親から“お帰りなさい”のフラワーアレンジメントが届き、NYCからはBUCHONのマカロンのお土産が。  ←パリで試しに食べさせてみたら、意外にも私よりもマカロンが好きになったケヴィン

ミニ家庭菜園はどんどん野菜が採れてものすごい状態

そしてこれからの私の生活の大きな変化は、大学時代からの親友一家が私の留守中に我が家から徒歩10分弱のところに引っ越してきており、しばらくの間ご近所さんになったこと。日本からの駐在員が圧倒的に少ないコロラドに、親友が越して来ることになるとはなんという偶然。彼女は入学式でたまたま出会ったその日からの友人ですが、縁というのは不思議なものです。

2010年8月10日火曜日

旅をするといろいろな人に出会います

一昨日舞い込んだEメールのお陰で、やっと南ア絡みのネタをはじめるきっかけを見つけました。

南アで一番最初に泊まった街、Franschhoek。ここはケープタウンの空港から約1時間東へ走った場所にある、ワインが有名で南アのグルメキャピタルとも言われているフレンチタウンです。 French Cornerという意味を持つこの街の起源は、300年以上前にワイン醸造技術を持った約200人のユグノーが、宗教の自由を求めてこの地に移住してきたことから始まるようです。そして現在この街に住むフランス人は4人。そのうちの2人が私達が泊まったB&Bを管理する、30代のカップルでした。たまたまこの仕事を見つけて南アに来たのは去年の10月だそうです。

これがそのB&B。素敵でした。

気持ちがいいテラスで朝食をいただいている時、前にある大きな木から白い布が垂れ下がっているのを見つけ、それが何のためにそこにあるのかを聞くと。。。

なんと、このためでした。

話を聞くと、そのB&Bで働くエミリーは若い頃からサーカスのメンバーで、2002年に日本でワールドカップが行われた時は日本巡業をし、指宿と横浜(と言っていたと思う)でショーをした後に東京に1週間滞在したそうです。その時たまたま東京在住のフランス人の友達を通じて知り合い、1週間お世話になった『都内で10部屋あるペントハウスに住み、働いている様子のない謎の日本人女性』の生活ぶりの話も興味深いものでした。

それはさておき、先日久しぶりに彼女がこの2枚の写真を添付してメールを送ってきてくれました。その時に実演してくれるといいつつ話をしているうちに時間がなくなり、後で見なかったことを後悔していた私に実際にどんなものかを見せたかったようです。うれしい!

彼女はこれをTripod(カメラの三脚と同じですね)と呼んでいるのですが、日本語での呼び名は何と言うのでしょうか。サーカスは何でもそうでしょうがこれも危険が常につきまとう演技なので、容易くは練習ができなかったそうですが、この三脚という新しい方式にに替えて以前より練習がしやすくなったそう。現在はB&Bの仕事をしつつ、こちらの仕事は独立してやっており、「特別な機会に、呼ばれたらどこでも演技します」と言っています。

それにしても、これをするために相当なワークアウトが必要ですね。なんとも美しい光景です。

次は彼女に連れて行ってもらったタウンシップの孤児院の話と南アの貧富の差の話をしたいと思います。

2010年8月3日火曜日

円山茶寮

私はレトロなカフェが好きです。
先月東京から友人が遊びに来てくれた時、「さて今日は1日札幌で何をしようか」と、駅前の紀伊国屋書店にまず行ってみました。そこでいろいろな本やら雑誌を見比べて(すみません)、友達が目を付けたところはここ 円山茶寮。知らないで道を歩いていたら絶対に見過ごす場所です。

ここの看板メニューらしい『白玉入りいちごぜんざい』。千圓也。なつかしい味がする苺アイス(3スクープ分はある)の上に、ぜんざいと苺ソースがかかり、白玉が5つ。ボリュームたっぷりです。食べ進むと口の中が甘くなってきますので、正直言って箸休めのたくあんがとてもおいしいく感じます。

このカフェの話を母にすると、「ぜひ行ってみたい」というので先日また行ってみました。すると今回は猫ちゃんがまったりとお昼寝中。

伸びたり丸まったりとあまりにもかわいいので、母も何枚も写真を撮っていました。これは母撮影。

2回目に行く時にお店の営業時間を調べると、驚いたことに夜中まで営業。夜はどんな雰囲気なのかも非常に興味があります。

2010年8月1日日曜日

夏到来

しかし、トンボ、蝉、紫陽花、鶯、(そして昨日までは梅雨)といろいろなシーズンがごちゃまぜ感の強い北海道です。

2010年7月27日火曜日

今年も富良野へ

最近ブログが全然up-to-dateではなく、思いつきで過去のことをアップしているという状況ですが(汗)、2週間前の週末に東京から親友夫婦が遊びに来てくれ、3人で美瑛&富良野まで足を伸ばしてみました。

ラベンダーには若干時期が早くはありましたが、それでも富田ファームの畑はきれいにラベンダーが咲いており、早かったお陰で去年は見られなかったポピーが満開でした。紫をバックにした赤・ピンク・白の色合いがなんともかわいいです。

注意して見ると、同じようなラベンダーに見えるものも実はいろいろと種類があるようで、ここはややスレンダーなラベンダー達。もっとぷっくりしていて濃い色のラベンダー畑もありました(それか、ただ単に成長の具合が違うだけ?)。

ちなみに私が住んでいるアメリカでは、メキシカンラベンダーをよく目にします。キャンディーの包みみたいでかわいいでしょう?

美瑛&富良野旅行の詳細は、Yちゃんが彼女のブログにいい感じにまとめてくれています。こちらです

「お花畑を見に行くために2時間も運転するの〜?」と言いつつドライバー役になってくれた優しい旦那サマ、とっても感謝です。おかげでまた楽しい思い出が増えました。

2010年7月23日金曜日

札幌のデザイナーズホテル

ちょっと前の話ではありますが、以前から気になっていた札幌のデザイナーズホテルに泊まる機会が舞い込みました。Cross Hotel 札幌です。

フロントロビー兼バーエリア。ヒップです。ソファは見た目も良し座り心地も良し。

フロントは2Fに上がったところ

お部屋は、手前のソファがベッドに変わる35㎡の『コンバーチブルルーム』。部屋を仕切るためのブラインドが優れもので、日中は窓からの光を通し夜は寝室が真っ暗になります。

これはエントランスから見たところなのですが、間取りが非常に優れていて、友人と2人で「こんなマンションなら住みやすいだろう」と意見が一致。突き当たりが夜景が見られるバスルーム、左側がシンク、右側が奥からリビングエリアとベッドルームに入るドアが別々にあります。

これがベッド側からエントランスを見たところですが、クロゼットがベッドルームとエントランスホールの両方から開くようになっているのも賢いデザインです。

シンクは2つなので、女性2人で泊まっても同時にお化粧ができます♪ 

私達は月曜日泊だったので、朝食付きで1人7000円台のプランでかなりお得感がありました。ところで、ここの最上階(18F)の大浴場はとても素敵です。ちょっとスパっぽい浴槽から札幌の夜景を楽しめます。札幌駅と大通り公園の間で、立地もとても便利です。