「ザ・コーブ」の日本上映の日取りも決まり、ここしばらくOPS(映画を制作した非営利団体)との連絡も途絶え、「私にできることはもうないかな」と思っていたところ、数日前に日本人の知り合いが「イルカ漁映画に抗議電話殺到、渋谷の上映中止」というニュースをメールで知らせてくれました。
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メディアがなぜか実名を公表しない「保守系市民グループ」。彼らがどういうグループでどこが資金源なのだろう、と疑問に思っているうちに、彼らが配給会社の社長の家の前で「街宣」をしている動画を見つけてその一部を見ましたが、こんなことをされたら周囲への迷惑を優先せざるを得ないであろう、と思われる状況でした。
その市民グループが「反日映画だ」「白人も同じことをやっているだろ」と”白人”がイルカを殺している写真を指差しながら社長の家に向かって叫んでいるのを見ていて、OPSが拠点を置く街コロラド州ボールダーがどんなところなのかを声を大にして説明してみたくなりました。そしてここで1つ指摘したいことは、”白人”にだっていろいろあるんだ、という点。彼らのものさしを使うと、私達日本人はは単に同じ”黄色人”ということで、中国人や韓国人と同じということになってしまうではないですか。
そんな訳のわからないことはいいとして、ここで問題の映画を作った”白人”は海洋資源保護協会(OPS)の人達です。その団体が拠点を置いているコロラド州ボールダーというところは、たまたま私が7年間住んでいるところですが、ここはアメリカの中でもかなり特殊なキャラクターを持った街と言えます。
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アメリカという国は日本の24−5倍ある大きな国で、あまりにも大きいので州ごとに法律が違うほどです。州ごとどころか同じ州内でも場所によって保守的な人が集まっていると言われる場所や、リベラルな考え方の人が集まっている場所、というのがあったりします。ボールダーは非常にリベラルな街で、コロラドが州として共和党に傾いていた時代も民主党(つまりブッシュ政権に猛反対していた人達)が多いことで知られていました。
この街はコロラド州立大学のキャンパスがあり、そして国の研究機関もいろいろあるので、約30万人しか住人がいない街にもかかわらず外国人が多い国際的な街でもあります。例えば私が今通っているジムのクラスは、10人前後やってくる生徒のうちメキシコ人、南アフリカ人、オランダ人、フランス人、そして私、と5人も外国人がおり、そしてつくづく考えてみると我が家の両隣も外国人でした。密度的には東京よりよっぽど外国人率が高いのではないでしょうか。
従って、ここに住んでいるアメリカ人達はかなり外国人慣れしており、日本人が一般的に想像するアメリカ人よりはるかに海外に目が向いていると言えます。
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時々「アメリカに住んでいて、人種差別を感じないか」と日本人に聞かれることがありますが、今まで自分が日本人だということで不快な思いをしたことはありません。むしろ、ボールダーは親日的な街なので自分が日本人だということをさっさと人に言うようにしています。そうすると意外なほど日本や日本人に何かしら関わったことがある人が多く、そこから日本の話に花が咲く、ということが多々あります。
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ボールダーは生活水準が高い街なので、おのずと教育レベルと教養レベルが高い人が集まってくることも事実です。そして環境問題にアンテナを張っている人が多いのも特徴です。街自体もロッキー山麓と街との美しい調和を崩さないよう建物の高さを規制し(滅多にないが高くても4階建てくらい)、住民の同意をもとに税金を使って空き地を市有地にし新興住宅街を増やさない、という驚くような政策を貫いています。
街の中のバス路線もアメリカとしては抜群に発達しており、プリウスが最も見かける車種の1つで、自転車に乗る人のために至る所に設置されている自転車専用車線の長さをを合計すると約600キロになると言われています。
小さな街としては質の良いレストランも多いのがボールダーの評判で、最近のトレンドでもありますが、できるだけ地元の農家や牧場から信念を持って育てられた食材を調達し、レストランの内装もリサイクル素材を使い、風力発電を使用してできるだけ環境に優しい経営をしている、というようなことがメニューに書かれていることが日常茶飯事です。
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さてここでやっと核心に触れますが、そういうところに住んでいる私達は常に地球に優しい環境作りを目指して生活しており、動物愛護問題にも敏感です。ちなみにボールダー市では犬の飼い主のことを”ドッグオーナー”とは呼ばず、”ドッグガーディアン(後見人)”と呼ぶ、という異常に犬に気を使った法律すらあります。「ザ・コーブ」の制作チームの人々にも会ったことがありますが、ほとんどがそういう土地柄に住んでいる人達なので、あるきっかけでリック・オバリーの活動を知った彼らが日本でのイルカ漁を知り、「なんとかイルカを助けられないか」と思うのは自然の流れだったであろうと私にも想像できます。今回それがたまたま日本だったわけで、実際彼らは今後ヨーロッパでの”白人による”イルカ漁にも目を向けたいということもほのめかしていました。
この映画は「異文化に対する尊敬がない」という点がかなり指摘されていますが、私個人の意見ではたとえその国ではそれが「文化」でも場合によっては国外から疑問視されることがあると思います。例えば、中東の国々で規範から外れたことをした、もしくはした疑惑のある女性が父親や兄弟に殺される。いくらそれが彼らの「文化」だと言っても、それは人道的におかしいのではないか?と日本人も疑問に思うはずです。
「それは人間と動物の違いだから、同レベルで議論するのはおかしい」と言う人が必ずいると思いますが、私の言いたいことは、「異文化に対して疑問を投げかける」というのはこういうことであり、「ザ・コーブ」もそういう感覚の話ではないかと思うわけです。
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私の予想では今後「ザ・コーブ」の上映を中止する映画館が続出するのではないかと思われます。この映画を観たいと思っている人達にその機会がなくなるという点は非常に残念だと思いますが、見方を変えると、最近人々の興味が薄れていたイルカ漁にまたスポットライトが当たったとも言えます。
この映画に反対でも映画の上映には賛成、という一部日本人映画監督の意見に一筋の明るい光を見た気がしましたが、道のりはまだ長いです。というかこのまま道は閉ざされてしまうのでしょうか。このテーマを書き始めた時に、イルカの未来だけでなく日本の未来も気になっていましたが、日本の今後が更に気になる展開になってしまいました。
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