2011年9月22日木曜日

週末旅行 ― テルユライド&ユーレイ(南西コロラド)② 

テルユライドは小さなマウンテン・タウンですが、実はここもアスペンのように多くのお金持ちが集まる街。35億円の家が売りに出ていたりします。トム・クルーズもこの辺りに別荘を持っているとか。でもアスペンのようにヴィトンやグッチの類の店はなく、もっとナチュラルでカジュアルなのがいい。

メインストリートからスキースロープが見えます

泊まったホテルNew Sheridanはヒストリック・ホテル

小さなホテル内では持って行ったベイビー・モニターの電波が行き届いたので、カリーナが寝静まった後それを持ってバーに行ったりジャグジーに行ったりできました。「これからは、小さなホテルに泊まってこうしよう!」と味をしめた私達♪

余談ですが、ケヴィンは大人の腰近くまで高さがあるこのベッドの上からカリーナを落としました。あんなにいつも「高いところは気をつけろ」と言っていたのに、私は神経質すぎだと口答えしていた結果(怒)。しかし、お腹から着地したカリーナは1分ほど泣いてケロリ。そんなに痛くなかったということ?

そして友人の結婚式当日は、私達の結婚11周年記念日でした。

2011年9月15日木曜日

週末旅行 ― テルユライド&ユーレイ(南西コロラド)① 

週末3泊4日で、友人の結婚式のために南西コロラド方面に行ってきました。カリーナ2度目の飛行機の旅です。

ケヴィンをメロメロにした初ドレス姿♡

披露宴で、「生まれたその日から愛する我が美しい娘」という言葉から始まった新婦父のスピーチの時、思わずさっとケヴィンの顔を見ると、ふーっと遠くを見つめる目がうるうるとしていました(笑)。最近彼は私も驚くほどカリーナに首ったけで、本人もそれを認めています。

アメリカの結婚式はそれぞれがオリジナルなので、そのカップルの趣向が反映されていつも楽しいのですが、結婚年齢が高くなるにつれて他人の結婚式をいろいろ見て来ているためか、確実に質が高くなってきています。

スキーリゾートのあるマウンテン・タウンだったので、移動はゴンドラで山越え。カリーナは初めてのゴンドラライドが、かなり気に入った模様。

2011年9月13日火曜日

カリーナをめぐる生活 – 生後6ヶ月

カリーナは週末に6ヶ月になりました。いろいろなことがあった半年間、日々闘いという感もありましたが、振り返るとあっという間です。

先月のポストを書いて程ない頃、すーっと霧が引くようにいろいろなことが楽になりました。

まずは睡眠時間の変化。まだ寝てから数時間は何度か目が覚めてぐずりますが、やっとベビーベッドに合計10〜12時間ほど居てくれるようになりました。夜間の授乳の間隔も3時間より短いことは少なくなったので、私の体も大分楽になりました。カリーナが寝た後の夜8時頃からの数時間は、静かに夕食を取りちょっとだけ自分の自由時間です(家事をやることも多いですが)。朝も泣き声で起こされるのではなく、見に行くとしばらく1人で静かに遊んでおり、こちらを見てにっこり。

寝起きは超ご機嫌。ブリトー巻も卒業。

お昼寝のパターンもできてきました。午前中は大体10時頃、午後は2時頃に眠くなってぐずり始めます。最低でも1時間くらい寝てもらえるといいのですが、寝る時間は30分から1時間半の間でその日によって異なります。傾向としては、大人のベッドの上で添い寝をするのが一番長く寝てくれるようです。一緒に寝ると私も休めるのですが、相変わらず家事が進まず困ります。

ここ2週間ほど、しっかりと床の上に座るようになりました。そして今日から、コロンと横になった姿勢からまた座る姿勢に戻れるようになりました。私がちょっと離れると即大泣き、ということも減ってきたので、今月から週末1回2時間ベビーシッターにも来てもらうことになりました。ケヴィンは相変わらず出張は隔週、コロラドにいる週も夜接待のことが多く、更に10月末までは毎週末ログキャビンに泊まり込みで行くので、結構1人で大変なのです。シングルマザーは本当に偉いと思います。

後頭部の毛はまだ摺れていてはえてきていません

そろそろハイハイの準備らしい動きも始まり、腕立て伏せをするような格好をしてモソモソと床の上を移動し始めました。今日2度目のセラピー(注:詳細は後ほど)に行ってきましたが、セラピストに普通の子より2ヶ月早いと驚かれ、「スーパーベイビーだ!」と言われてほくそ笑んだ私達でしたが、今後長い移動が始まると更に目を離せなくなります。

2011年9月1日木曜日

新しい我が家の古い歴史

私達の新居は1917年築の古い家です。あと6年で築100年を迎えるこの家は、スウェーデンからの移民だった建築家、Gustav Edwin Lundborgによってロシア革命の年に建てられました。

この家の最初のオーナー、ドクター・グリーンと彼の家族の写真。ケヴィンがボールダー図書館の分館で見つけてきました。我が家と家族構成が似ています。

5週間かけて修復作業と外壁の塗装が行われました

修復作業&塗装をしたおじさんが、この家で最も美しいと誉め讃えた窓
このクラフツマン・スタイルという様式は、19世紀後半に英国から始まったアーツ・アンド・クラフツ運動と、当時英国の植民地だったインド・ベンガル地方で人気のある住宅様式だった、切妻屋根を持つバンガロウスタイルが融合して生まれた建築様式だそうです。この家を横から見ると英国の田舎の家のカーブを連想させるのも、これで納得。

見れば見るほどユニークな造り。この家は横から見る方が美しいと思います。

このアーツ・アンド・クラフツ運動(Arts and Crafts Movement)は、英国の詩人、思想家、デザイナーであるウィリアム・モリスが主導した運動で、ヴィクトリア朝の時代の大量生産から中性の手仕事に帰り、生活と芸術を統一させようという思想だそうです。この思想は後のアール・ヌーヴォーに影響を与えることになります。ジャポニズムがこの家に間接的に関わっていると思うと、ちょっぴり不思議な気持ちになります。

この階段のデザインがとても気に入っています

ダイニングルームの造り付けのビュッフェ・キャビネットは当時のもの
ティーカップを掛けるフックがついています。でも華奢なティーカップ用なので、私のマグカップは残念ながら取手が太すぎでかからず。

白い扉の向こうは・・・

部屋の壁がすべて造り付けの本棚になっているライブラリー
私達が移り住んだメイプルトン・ヒルというエリアは、ダウンタウンから徒歩10分の住宅街です。しかも我が家はこの住宅街の西の端(つまり山側)で、数々のハイキングトレイルが1ブロック先という立地。私もケヴィンもハッピーです。前にも書きましたが、このエリアは歴史的な町並みが保存されており、家の改装には許可証が必要で、残念ながらソーラーパネルは禁止です。

現在とコンクリートで舗装されたばかりの1928年当時の、我が家の前の交差点(メイプルトン・アヴェニュー)の写真。
メイプルトンという名前のとおり、ここメイプルトン・アヴェニューはコロラドには珍しく、メイプル(楓)の並木道になっています。ここはボールダーの中でも初期に住宅地ができたエリアで、東海岸からこの地にやって来た人々が、1800年代後半に故郷を想いメイプルの木を植えたようです。秋になると日本のような紅葉が楽しめるので、実は私は毎年わざわざこの道に赤やオレンジの紅葉を見に来ていたのでした。

1895年のメイプルトン・アヴェニューの様子
我が家はこの道の向こう端。植樹されたばかりのメイプルがまだ小さい。

見にくいですが、鹿(車の左)も毎日やってきます。手前は風向きが反対でその存在に気づいていないアシャ。

今まで庭のない生活をしていたアシャは一日中外で過ごします

最近やっとコンテナ・ガーデニングをする余裕ができました




ぜひ遊びに来てください

2011年8月15日月曜日

カリーナをめぐる生活 – 生後5ヶ月(1)

引越の片付けも一段落した先週、カリーナは生後5ヶ月を迎えました。体重は生まれた時の2倍、身長は10cm以上伸びました。顔もふっくらしてこんなに変わりました。左は生後3週間の写真です。今やじっとしている写真を撮るのは困難な状態です。正面からカメラを向けると触りたがって、手が前に伸びてしまうのです。

行動もだんだん人間らしくなってきて、何にでも興味を示し反応も活発になってきました。特に音には敏感で、声や音のする方へすぐに向き直ります。ここ数日はアシャにも興味がでてきたようです。

↑以前は全く興味なし

私達がものを食べたり飲んだりするのもじっと見つめるようになったので、あともう少しで離乳食を始められそうです。

2週間前に試しに座らせてみると、フラフラしながらも座れることに気づきました。その翌日はもっとしっかりと、そしてその翌日は更にしっかり、という具合に日々どんどん安定感が出てきました。

しかし、まだまだばーんと後ろにひっくり返り、頭を強打する日々。

最近は自分でおしゃぶりを持てるようになったので、口の中に入れたり出したり。

バーバーアーアーウプー、とおしゃべりらしき発声をするようになり、嬉しい時は体全体で嬉しさを表現。くすぐった時にうきゃきゃと笑う声はかなり子供っぽくなってきました。

最近更に和風な顔になった気が、、、。

カリーナをめぐる生活 – 生後5ヶ月(2)

いろいろな人から「そろそろ一晩中寝るようになった?」とよく聞かれるのですが、それって一体何のこと?という感じで(涙)、今だに夜は数時間おきに泣いて起きるという状態です。しかも6週間前に寝返りを打って以来事態が悪化。夜中に寝返りを打ちそのまま元に戻れずに、うつぶせになって泣いていることが日常茶飯事となってしまいました。

懐かしいタウンハウスのベッドルーム

過去5ヶ月間で私が奇跡的に6時間ストレートで寝たのは2回だけ、それ以外はひどい時は1時間で起こされ、3時間連続で眠れたら幸せ、という状態が続いています。夜中に2回授乳し、平均睡眠時間が(合計)5時間程度で今まで病気にならなかったのはもちろん、どうして自分が普通に生きているのが不思議なくらいです。

ブリトー巻にしないと手足が動いて寝付けられない彼女

この子は昼間もあまり寝てくれず、1人で横たわると20分〜45分位しか寝てくれません。抱っこされた状態だと1時間〜1時間半程。最近は椅子に置くと起き上がろうとして危なっかしいし、ブランコでじっと座ってもいられなくなってしまいました。私から離れるとぐずるので私達はカンガルー状態になってしまい、家事がおろそかになるのはもちろん、ケヴィンが出張の時は私は3度の食事もままならず、気づくと「あれ、最後にトイレに行ったのは8時間前?」なんてこともある、究極の状況に陥ってしまいました。

うつ伏せでもポジションがいいとよく眠れるらしい

以前は「3ヶ月になったら楽になるだろう」「4ヶ月になったら、、、」と淡い期待を抱いていたのですが、今はもう諦めムード。長期戦を覚悟の日々です。

せめてもの救いは、とても社交的な性格の赤ちゃんになってきたということ。もうちょっとすると人見知りの時期がくるのでしょうが、今のところキャッキャとみんなに愛嬌を振りまき、道行く人に「まあかわいい〜。この子が泣く姿なんて想像がつかないわ」と言われるたびに私は心の中で「うぅ」と思っているのです。

しかし最近ふと気づいたのですが、2ヶ月程前からピタリと夜泣きがおさまりました。その頃は何をしてもカリーナが泣き止まない、ということが週に何度もあり、夕方から夜にかけての数時間を「恐怖のハッピーアワー(→ハッピーアワー:レストランでドリンクやフードが割引になるディナー前の時間帯)」と呼び、その時間帯を恐れていたものです。そう考えると、常に今大変に思えるけど、状況は良くなってきているのだなあ、とも思います。

2011年8月6日土曜日

Good-bye, townhouse!

7月23日に新しい家に引っ越しました。
結婚して約11年で思った以上に物が増えたのに加え、カリーナを抱えての引越は涙が出る程大変でした。23日の週はカリーナの4ヶ月検診があり、予防接種をした後に運悪く体調が崩れたり、おまけにアシャがキョーレツな下痢をするという事態に陥り、私のストレスレベルは急上昇。今思い出してもげんなりします。

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7月8日の新しい家の引渡し前後にカリーナの面倒をみてくれた実家の母とケヴィンのママのお陰で、ものすごいスピードで荷造りと荷解きが同時に進みました。23日に家具を運ぶ前に、自分達で5、60個の荷造りが終わった箱をせっせと新居に運び込み、できるものはその場で荷解きし、とりあえず本番の引越後1週間で、友人達に「引っ越したばかりとは思えない」と感嘆される程大量の荷物は落ち着くべく場所に収まりました。

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ケヴィンの方はというと、持ち前の行動力を大発揮。引渡し前からありとあらゆる業者に連絡を取り、まず前庭にあった瀕死状態の巨大な木を一本切り倒してもらい、家の周囲の不要な植木を取り除いてもらい、木と家に絡まった蔦を2週末かかって自力で全て取り除きました。そして歴史的建造物修復専門の人を呼んで、外壁の塗り直しと修復をし始め(現在も進行中)、次は家をエコフレンドリーにするために、家中の隙間をすべて埋めてもらい、必要なところに断熱材を入れました。そのお陰で家は一気に涼しくなり、回りっぱなしだったクーラーがほどんんど必要なくなりました(すごい!)。

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そして昨日は、家中の冷風と温風が出る吹き出し口を全て掃除してもらい、これでひとまずプロジェクトが完了。そして彼は今週末から山のログキャビンプロジェクトに移るという相変わらずの超人ぶりです。

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みんなに「一軒家に引っ越すのはうれしいでしょう」と言われつつ、小さいけれどもキッチン、バスルーム、クロゼット、枝垂桜と梨の木がある小さなフロントデッキ、夏の間は第二の居間になったバックデッキ、全てを自分の好みにデザインしたタウンハウスを去るのは思った以上に悲しいものでした。しかし翌週に荷物が出て空になった家に掃除のために戻った時、魂の抜けた家の中で「ここはもう過去の場所になったのだ」と思う自分がいたのでした。

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人間こうやって前に向かって進んで行くのだなあ、と我ながら感心。タウンハウスは売らずに貸すことになりました。私達のようなアメリカ人と日本人のカップルに貸すので、枝垂桜を大切にしてもらえそうです。