『防犯カメラは多く設置しておりますが、痴漢は多くいらっしゃいます。痴漢をされたくないお客様は後ろの車両をぜひご利用ください』
先週、不適切だったと騒ぎになった新宿駅のこのアナウンスですが、私にはこの男性アルバイト係員が実際にどんな人で、何を思ってこんなアナウンスをしたかがとても気になってしまいました。
なぜなら、アメリカ流にこの文章を受け止めると、私を含め日本人には難易度が高いsarcasm/サーキャズムという、英語では頻繁に使われるのですが日本語にはほとんど存在しないコミュニケーションスタイルに近いものが隠れているような気がするのです。
このサーキャズムには、私は日本を離れてもうすぐ23年になろうとしていますが、未だに気を抜くとうっかりと引っかかってしまうのです。言っている本人が冗談で真意と真逆のことを言っているので、そこをしっかり見抜かないといけないのですが、これが慣れていない日本人には結構難しい。
sarcasm
名- 〔人を傷つける〕皮肉[辛辣]な言葉
- 〔言葉遣いとしての〕皮肉、あざけり
日本語に直訳するとかなりネガティブな言葉に聞こえますが、英語圏ではサーキャズムは、言いにくいことをウィットの利いた冗談にすり替えて言う手段で、上手く使えばポジティブな意味で「面白い」という感覚で受け入れられる方が多い気がします。アメリカの人気コメディー番組『サタデーナイトライブ』のコントはサーキャズムの嵐で、「その週に起こったニュースをこの番組のコントで観た方が、よっぽど普通のニュース番組を観るより的を得ていて勉強になる」と以前ケヴィンも言っていた程です。
小さなサーキャズムの例を挙げてみますと、例えば日本の定食屋で瓶ビールと一緒に出てくる小さなコップを見たアメリカ人が、「日本ではこんなに大きなコップでビールを飲むのだねえ!」と言ったとしたら、それは小さなコップをからかっているわけで、本当に大きいとは思っていないのです。
これが『サタデーナイトライブ』のように上級になってくると、かなり辛辣に政治家をからかったり小馬鹿にしたりします。その冗談から、いかにその政治家が言っていることが馬鹿げているかを大笑いしながら学べたりするわけです。
アメリカ人はサーキャズムをサーキャズムでバシッと返したりしていますが、私にはまだまだ訓練が必要です。ビールのコップにはどうやって切り返せば、相手をぎゃふんと言わせられるでしょうね?
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話は新宿駅に戻り、このアナウンスを巡る論争や主な意見は、私が読んだ記事では、「痴漢行為をやめる加害者側へのアナウンスをすべきだ」「被害者になる女性が自衛しないといけないのか」「前方車両に乗ったら痴漢に遭っても仕方ないのか」「なんで痴漢に敬語を使うのか」「被害者側がなんで移動しなきゃいけないのか」「男性である自分も居づらくなりました」などでした。
これは全てもっともなご意見です。
しかし、「それじゃあ、一体どうすれば良いわけ?」と思うのは私だけですか?
「痴漢行為は犯罪です」「痴漢に気づいたら通報しましょう」というアナウンスで痴漢が激減するなら、とっくの昔に痴漢は絶滅しているはずです。それに比べると「痴漢は多くいらっしゃいます」(私はこの敬語がサーキャズムだと思う)が与えるインパクトの強さに、皆さんも気づいていらっしゃるとは思います。
実際にある男性が疑問を抱きこの様子をSNSに投稿して、ここまでの騒ぎになった時点でこのアナウンスはかなりの効果を発揮しており、「このニュースを知って、痴漢が日常的にそんなにいるのかと驚いた」という男性の感想も目にしました。
そして、そうなのです、被害者となる女性はある程度は自衛しないといけないことは否めません。なぜならば、悲しいことに痴漢は絶対にいなくならないからです。それなら、もし後ろの車両の方が今自分がいる車両より空いているなら、それを積極的に知らせて欲しいですし、私だったらホームが激混みで身動きが取れないという状況でなければ、喜んで移動します。
「前方車両に乗ったら痴漢に遭っても仕方ないのか」というご意見ですが、そういう考え方をすると水掛け論のようになってしまうので、「痴漢をされたくないお客様」(私はここにもサーキャズム的要素が含まれていると思います)を周りが守る環境、そして被害者が声を上げやすい電車内環境をみんなが作る努力をするべきです。
女性専用車両導入や鉄道警察隊がいろいろな方法で痴漢対策はしているとのことですが、私が子供の頃から50年近くも状況がほとんど変わっていないということは、この問題には何か画期的な対処法が必要だということではないでしょうか?
この問題を、JRに「もっとアナウンスを改善しろ」と言って終わらせるだけでなく、例えば専門家が分析した痴漢の心理を逆利用して、痴漢が聞いて思わず「うっ」と身を引きたくなるアナウンスを車内で流してみる、とかできないのでしょうかね?もしくは、ウィットが利いたアナウンスで「あっはっは」とひとまず乗客を笑わせて、周りに立つ人同士が声をかけやすい和やかな雰囲気を作ってみるのはどうでしょう?
話が私流にずれてしまいましたが、何れにせよ女性の意見をもっと採用して、例えば駅で被害に遭った女性がすぐに相談しやすい女性駅員を増やすとか、さらなる改善策を講じてくれるといいなと思います。
最後に、「男性である自分も居づらくなりました」という方ですが、自分が痴漢でなければそんな思いをせず堂々としていて下さい。満員電車の中で一生懸命痴漢に間違われないように頑張っている男性からは、通常はその努力がこちら側にも伝わってきます。
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このアナウンスを「JRが(痴漢を容認して)諦めていると思う」という受け止め方をする人も少なくないようですが、批判をするだけでなく、日本社会でなぜこんなに痴漢が横行しているのかという問題の根本を、メディアがもっと率先して討論すべきです(←これは日本社会の歪みの現れの1つで、これを私に語らせると長くなります)。下に添付した性依存症治療にあたるクリニックの斎藤章佳さんのおっしゃるポイントは、私が思うところと同じです。
このニュースをネット上でサーチして感じたのは、メディアはこのニュースを浅く取り上げるだけでなく、精神科系の専門家のコメントをもっと入れるとかして、もう一歩踏み込んだ報道をしたらどうかと思いました。そういう表面的な報道の仕方をする一定数の日本のニュース記事は、欧米ではタブロイドと呼ばれる大衆紙的なものに近いような気がして残念に思えます。
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ところで20年ほど前にロンドンに住んでいた時に、未だに忘れない光景を目にしました。ロンドンの地下鉄独特の、ものすごく長いエスカレーターに乗って上に向かっている時のことです。なんだか上の様子がおかしいので注意を払うと、変な男が足早に、女性のお尻を順番に叩きながらずんずんとエスカレーターを歩いて登っていました(驚)。ここで感心したのが女性達の反応。一瞬驚いて悲鳴を上げつつも、「あんた何してるのよっ!」と怒鳴りつけたり、咄嗟にその男にパンチを見舞ったりと、とにかくみんな強い。黙って我慢する殆どの日本人女性とは大違いです。結局その頭がおかしい男を追う人はおらずそのままになってしまいましたが、少なくともやった分だけ怒鳴られ殴られていました。
日本人女性も、こうやって声を上げたくないですか?
長くなってしまいましたが、この物議を醸したアナウンス。これだけ痴漢問題に脚光を浴びさせただけでも、私はこのアルバイト係員に一票を投じたいと思いました。
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<付け足し>
海外の公共交通機関で移動中に、その場でどっと笑いを誘ったアナウンスをここで披露します。
ユナイテッド航空アメリカ人機長
「本日は偏西風により、当機は40分程早くサンフランシスコ空港に到着いたしました。しかし残念ながら入国審査官不足のために機内待機を命じられましたため、お客様にはご迷惑をおかけいたしますが、このまましばらく機内でお待ちください。
みなさまご自宅に戻られましたら、各州の議員に苦情の手紙を書くようお願い申し上げます。」
ロンドンで停車中の地下鉄
「迷惑行為はやめなさい。GET OFF! (降りろ!)I know WHO YOU ARE.( お前が誰だかちゃんとわかってるんだぞ)」
ここで乗客がどっと笑い、一体誰のことを言っているんだと周りをキョロキョロと見回していると、楽器を持った男の子がホームに渋々と降り立ちました。どうやら演奏をして物乞いをする常習犯だったようです。子供だからちょっと可哀想でしたけど。
<参考・朝日新聞より抜粋>
初めての痴漢から逮捕まで平均8年
依存症治療が必要
有料記事
聞き手・岡崎明子
大森榎本クリニック精神保健福祉部長 斉藤章佳さん
痴漢は日本で最も多く起きている性犯罪にもかかわらず、加害者や被害者の実態さえ知られていません。私の勤めるクリニックでは12年前に日本で初めて「再発防止プログラム」を始めましたが、参加者の多くは大卒で会社に勤め家庭を持つ、どこにでもいる男性です。被害者には、おとなしそうな女性を選んでいます。女性にもてない性欲の強い男性が痴漢になる、露出の多い派手な女性が被害に遭うといった偏見が、この犯罪の本質を見えにくくしています。
痴漢で逮捕されれば、仕事も家庭も失うかもしれないのに、やめられない。それは、性依存症という病気だからです。彼らと接していると、職場でも家庭でも気を使ってストレスをため、人間関係が苦手な人が多いと感じます。唯一のストレス対処法が痴漢であり、生きがいとなっているのです。
満員電車内で、たまたま女性の体に手が触れてしまうことはあり得ます。大半の男性はそれで終わりますが、痴漢の多くはその瞬間を「電撃が走った」などと表現します。回を重ねるごとに手口を巧妙化させ、「触っても騒がないのは、相手も喜んでいるからだ」と認知をゆがませていきます。こうした認知を持つ背景には、「男性なら女性に何をしても許される」など、男尊女卑的な価値観が根底にあるからだと考えています。
痴漢は学習された行動です。やめるには、学習し直す必要があります。クリニックではどういう状況で痴漢をしてしまうのか、痴漢をしたくなった場合の対処法など再発防止計画を考え、習慣化していくところから始めます。最終的にはグループワークなどを通じて認知のゆがみや男尊女卑的な考え方に気づき、それを修正していくことで内面も変容していきます。
犯罪白書によると、初めて痴漢をしてから逮捕されるまで、平均8年もかかっています。これだけ長期間、続けてきた行動なので、再発リスクに応じて3年間は通院するよう求めています。延べ約1200人が治療に参加しましたが、半数は1回来たきり姿を見せなくなります。でも3年以上続いている約40人に限れば、再犯率はゼロ。治療は効果があるのです。
残念ながら現在の痴漢対策は、必ずしも効果があるとは言えません。満員電車の解消や車両の防犯カメラ設置で、初犯は減るでしょうが、常習犯はカメラの死角を見つけて痴漢を続けると思います。女性専用車両も、「その車両以外の女性には痴漢をしてもいいと思った」という認知のゆがみを生んでいます。自分の行為は犯罪ではなく相手を喜ばせていると信じているので、「痴漢は犯罪です」というポスターも効果は薄いです。
初犯の段階で治療につなげられれば、かなり再犯者を減らせると思います。ただ国内で専門的に治療をしている施設は、片手で数えられる程度です。民間頼みではなく、国が治療につなげる制度やシステムを整えるべきです。
被害者がもっと楽に被害を訴えられる仕組みづくりも必要だと思います。被害者の多くが、泣き寝入りしています。車内のボタンで通報できるなど、可視化できるだけで随分変わるはずです。痴漢対策の話をすると必ず冤罪(えんざい)の話が出ますが、この二つは全く別の問題です。なぜ「殺人はいけない」といっても「でも冤罪が」とはならないのに、痴漢だけそう言われるのか不思議です。
私たちが取り組んでいるのは再発防止です。痴漢撲滅のためにはこれに加え、性教育の中で性暴力の実態を教えるなど、犯罪を未然に防ぐための対策が必要です。そして社会に根強く残る男尊女卑的な価値観を、変えていかなければならないと思っています。(聞き手・岡崎明子)
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1979年生まれ。精神保健福祉士・社会福祉士。専門は加害者臨床。著書に「男が痴漢になる理由」など。